第7話「ベル」

 しばらく大通りを下っていった頃、エーデルはふと動きを止め、直立したまま動かなくなった。ロルフは踏み出しかけた足を慌てて戻したせいでまたひっくり返る。尻をしたたかに打ちつけて、じわりと涙が滲んだ。

「いてて……。どうしたのエーデル、急に止まったら危ないよ」

「うん」

 左目は閉ざされている。長い前髪が僅かに風で揺れたが、うつむいていて詳しい表情は読めなかった。

「──急いで城に戻ろう。取りに行かなくちゃいけないものがあるんだ」

「あ……うん、いいけど」

「袋は道の脇に置いていっていいからね」

 そういうなりエーデルは元来た道を駆け上がっていく。ロルフは言われた通りにすると狼の姿に戻り、素早く後を追った。

「僕の背中に乗って!」

「ありがとう、助かるよ」

 速度を緩めつつ飛び乗らせ、再び力強く突き進む。あっという間に城の門をくぐり抜け、独りでに開いた玄関へと飛び込んだ。大きな吹き抜けのホールを見上げたロルフはくしゃみをする。

「うう、何だか埃っぽいような……?」

「掃除が行き届いていなくてごめんね、外でもいいから少し待っていて」

 そう告げて慌ただしく奥の扉に消えたエーデルを見送り、改めてホールを見渡す。この城全体が薄暗いようだった。もう一度くしゃみをしたロルフが鼻を押さえて腹ばいに座っていると、エーデルが駆け戻ってくる。

「はぁ……ッ、お待たせしたね、君にこれを」

「手袋?」

「形状が変わるヴァラヴォルフ専用のものだよ。着けておいて」

 矢継ぎ早に説明をしながらエーデルも左手にそれを着け、手にしていた剣と猟銃を腰に提げる。何やら不穏な様子にロルフの喉が渇いていった。

「何か襲ってきたの? ……もしかして、ボイド?」

「そうだよ。ボイドを追い払うのも王室側近の責務の一つだからね、役目を果たそう」

「無茶だよ!」

 再びエーデルを背中に乗せて外へ飛び出したロルフは指示された道を進んでいく。胸の奥をきゅうと締めつける不安感がつきまとっていた。

「ボイドは僕達が戦えるようなものじゃないよ……!」

「大丈夫」

 確信を含んだ声に、もう嫌だとは言えなかった。荒野の孤独な毎日へ帰るならいっそ、仕えた顔も知らない主人のために尽くす。決心した瞬間、重い鐘の音がロルフの鼓膜を打ち抜いた。

「ボイドが来てるぞッ! 皆逃げろ、ボイドだッ」

「え……? なん、で?」

 何故、門番より先にエーデルはボイドの接近に気づいたのか。背中にしがみつく彼女の表情は見えない。

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