第5話「拍」
「こんにちは、誰かいる?」
ひょいと顔を覗かせたロルフは困ったように喉を鳴らす。錆びついた門扉が開け放たれたままで、城の庭には入り放題なのだ。しかし誰かの気配もなく、勝手に入るのは気が引けた。
「ここ、住んでるひと居るのかなあ」
「あんまり近づくもんじゃないよ」
「ひえッ」
ロルフが上ずった声とともに飛び上がると、蛇の老婆がするすると姿を現す。長い尾が石畳を這って左右に揺れた。
「ここに住み着いてるのは悪魔の子さね。一応、あたしらは『奇跡』と呼んでいるけどねえ」
「悪魔なのに?」
「ご機嫌取りさね。それにあながち、間違っちゃあいないのさ」
遠くでゴーンと鐘の音が響く。麓の門辺りで鳴っているようだった。それを聞いた老婆は空を見上げる。
「そぅら、帰ってきた。よそ者なら見つからんうちに故郷へお帰り」
「そういうわけにはいかないんだよ、僕は」
「ま、選ぶのはあんたさね」
老婆は最後に赤い舌を出し、忠告はしたとぼやいてそそくさと草むらに入っていった。改めて城を仰ぎ見て、ロルフは首を傾げる。この国の王たる神獣は炎の鳥──不死鳥フェーニクスだ。これだけ栄えている国だというのに、あまりに酷評ではないか。
「どんなご主人様なんだろう?」
その時、立ち尽くすロルフの目の前に一頭の天馬が降り立った。背中から女性がロルフの方へと歩み寄ってくる。
「待たせてしまってごめんね」
「あ……綺麗なひと!」
銀髪にサファイアの瞳がよく映えた。長い前髪が右目にかかり、表情を隠す。しかし困ったような笑みを浮かべ、彼女はロルフを見つめ返した。
「何だか照れてしまうね。でもありがとう、ロルフ」
「あれ、僕の名前知ってるの?」
「もちろんだよ。私が君をこの国へとお招きしたんだ」
ゆったりとした袖を揺らし、彼女は丁寧に一礼した。柔らかな仕草に目を奪われていたロルフも我に返り、鼻先を低くする。涼しげな声がロルフの耳を撫でる。
「初めまして。私はフェーダー国王室側近の総務官、エーデル・ヴェヒター。どうかよろしくね」
「僕、頑張るよ!」
「頼もしい子が来てくれて嬉しいな」
穏やかな微笑みがロルフの目に焼きつく。ふわりと頭を撫でられ、胸の拍動が速さを増した。内側から熱を帯びていく感覚は荒野で暮らしていた時に感じたことのない、もどかしさを募らせる。ロルフはエーデルの華奢な指先にされるがまま、そこに座っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます