第4話「丘の都」
ロルフは茂みの裏に身を潜め、泉の周りに集まる鹿を観察していた。そこへ姿勢を低くしてにじり寄る。その目には一匹の鹿が捉えられていた。
ゆっくりと群れに走り出すと、気づいた鹿から一目散に逃げていく。あの一匹が出遅れたのをロルフは見逃さなかった。
「グルル……!」
ぐんと距離を詰めて肩に食らいつき、体重で地面に引き倒す。そして喉を裂くと鹿は動かなくなった。
「──よしっ! 足を怪我してたのかな」
群れで追い立ててより弱い獲物を見つけ出すのは狼の狩りの特徴だが、人狼族は狼の姿でも人間の背丈に並ぶほど大きい。ロルフはまだ小柄な方だが、他の人狼族と同様に一匹でも狩りが出来た。獲物の柔らかい腹に牙を立てた時、どこかで鐘が鳴る。
「何の音だろう?」
丁寧に食べ尽くした残りを土に還し、音の聞こえてきた方角へ歩き出す。この一帯では丘が多く、豊かな草原が広がっていた。丘の一つに登った時、緑の中に白い人工物を捉える。
「わっ、大きな塀! もしかしてあれが」
腰に提げた鞄から地図を出してみると、ヒューゲルの文字があった。数々の丘の真ん中にある山に高く塀が築かれ、山麓を囲むように幅の広い川が流れている。橋のもとまで下りていったロルフは大きな門を見上げた。
「すごい──すごいよっ、これが王様の暮らす街……!」
「ようこそ、王都ヒューゲルへ」
門番がにこやかにロルフを導く。開かれた入り口の先には、これまでとは比べ物にならないほどの色彩が溢れていた。赤地に金の刺繍が施された国旗が街灯に吊り下げられ、明るい声が響く。店頭いっぱいの食べ物や宝石、服などを見て回る者達は皆、朗らかに言葉を交わしていた。
「ヴァラヴォルフの子。そんなに口元を汚してたらみっともないじゃない、ハンカチはいかが?」
呆然としていたロルフは店先に立つ幽霊族の女性の声で我に返った。
「僕お金っていうもの、持ってないんだ。ごめんなさい」
「あらそう。でも口は洗った方がいいわよ、国土ではそれがマナーだから」
公園の水場で血を洗い落とし、改めて街を歩き出す。円形らしい街は中心へ向かうにつれて上り坂になっていき、その終着点が遠く向こうに見えていた。
「おっきな建物だなあ」
それは天を穿ちそびえる城だった。街並みを見下ろす雄大な姿をロルフは熱心に眺めた。
「あそこに行ったら王様に会えるのかも」
ロルフはふんと勇ましく鼻を鳴らし、上り坂に入っていった。
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