第3話「堕天使の囁き」

 移動市場を抜けた途端、周囲の景色は一変した。先ほどまで家もない乾いた大地が広がっていたが、過ぎてからは集落が次々と見られるのだ。地図上でも薄茶から緑に変わり、国土へ入ったのが分かった。

「うわあ、これが建物……!」

 ロルフの足取りも軽くなる。生まれて初めて訪れた国土の街並みは色鮮やかで、物珍しかった。遠くの山際を遮る建物が化け物のように大きく見える。他にも出会ったことのなかった種族が行き交う様子が目に焼きついた。

 ふと足が止まる。国土に入った辺りからたまに誰かの目線を感じるのだ。目に映らない大きな目が離れた場所からこちらを見ていた。何かしてくるわけではないのだが、いささか気になった。

「マーギアーなのかな……」

「そこのヴァラヴォルフの子! 少し道を開けておくれ、要人がお通りになられるんだ」

「え!? うん、ごめんなさいっ」

 脇に飛びのけると他の種族も同じように道を空ける。広い通りに少しずつ近づいてきたのは砂嵐と、それに続く砂岩の神輿だった。突風のように目の前を過ぎていく行列の中に、金と黒があしらわれた衣装が翻る。神輿を担ぐ男達や後に続く種族は皆、揃いの装束を身にまとっていた。

「綺麗!」

「んん? なんだボウズ、荒野出身か。じゃあ王室の行進を見たのも初めてなんだな」

「うん」

 ロルフの隣にいた堕天使の男はゆっくりと黒い羽を伸ばし、大きなあくびをする。

「ヴァラヴォルフなら六国のことは分かるだろ」

「六匹の王様がいるんだよね。を切り抜けたっていう、すごい神獣なんでしょ」

 それは三万年ほど前、この世界に降り注いだ大きな厄害だった。それを鎮めた六匹の神獣達が作り上げた巨大な守護が現在、六つの国として残っているのだ。

「ありゃヴュステ国の王室だな。ヒューゲルからお帰りになってんだろうよ」

「もしかして、この街から近いの?」

「あと一つ山越えりゃ王都だぜ。何だ、お前どっかに仕えんのか」

「うん! 王室側近になるんだよ」

 それを聞いた途端、堕天使は顔をしかめた。そして声を潜めてロルフに囁きかける。それは警告だった。

「だったら『奇跡』には気ィつけろ。民達は表立って言わねえが、あいつは極悪人って噂だぜ」

「え……?」

 口を開きかけたロルフは唐突に身体を震わせ、体勢を低くして辺りを見渡した。全身を突き刺す視線がやはり遠くからロルフを見ている。

「ま、頑張れや」

 堕天使はゆったりと飛び上がっていった。

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