第2話「林檎」
「うーん……」
数メートル歩くごとに地図の上で赤い点が進んでいる。そこで足を止めたロルフは目の前の賑わいに顔を上げた。
「ここ、何だろう?」
数日をかけて地図の示す方へとやってきたのだが、突然現れたテントの群れに混乱してしまっていた。地図に都市の名前などもなくこじんまりとした集まりだが、テントの下では様々な種族が言葉を交わしている。
「そこの狼のお兄さん、ヴァラヴォルフでしょ。立ち止まってどうしたの?」
「えっと、ここは何なのかなって。地図に載ってないんだよ」
しつこく照りつける陽射しが嫌なのか、声をかけてきた男は深くマントのフードを被っている。陽気な声に思わず返事をしたロルフは彼の手にしたカゴに目を丸くした。
「わっ、たくさん林檎がある!」
「地図にあるわけないよ。ここは移動市場だからね、国土近くの荒野で商売をしてるんだよ」
「イチバ、か。初めて見たなあ」
「ふーん……」
男はテントの一つに座り込むと、カゴを下ろして林檎を一つ手に取った。
「食べる?」
「うん、ありがとう!」
真っ赤に熟れた林檎は目に美しく、食べるのにはちょうどよく思えた。ロルフがそれを一口かじると鋭い牙が林檎を裂く。同時に甘い汁が溢れ出して舌先を流れる。
「えへへ、美味しいね」
「うん。じゃあ三ゲルトだよ」
「ゲルト?」
「お金のこと。これがないと何も貰えないんだよ、国土では。もしかして、荒野出身だから知らなかったかな?」
サッと顔から血の気が引いていき、首を振ったロルフに男は大声を上げて笑った。フードの隙間から青い瞳が覗き、彼が青年であるのに気づく。
「じゃあいいや。僕、そういうのはどうでもいいから。その代わりみたいなものだけど、名前を教えてよ」
「僕の? ロルフ・フランだよ」
「フランって……ああ」
青年は少し驚いたように顔を上げたが、すぐにジッと考え込んでしまう。林檎のヘタを飲み込んだロルフが顔を覗いた時、彼は一人で頷いた。
「うん。似合ってるよ、君にはその名前が一番ね」
「それはフランだから?」
「ちょっと違うかな。──おっと、と」
フードを深く被り直した青年はカゴを背負って立ち上がり、くすりと頬笑みを浮かべる。
「睨まれちゃったや。じゃあまたね、ロルフ・フラン」
「え……う、うん! 林檎食べちゃってごめんなさいっ」
「気にしないで。禁断の果実を口にした日から、皆罪人なんだから」
慌ただしく賑わいへ消えていった青年を見送った後で、ロルフは誰かの視線に気づいた。
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