王室側近の火影

夕陽託

第一幕・王のいない国

王都ヒューゲル

第1話「雨の日に」

「お母さん。僕のところに初めて手紙が来たんだよ」

 荒野に数日間、しとしとと降り続ける雨はロルフの赤い毛並みを萎ませる。粗末な墓石の前に座り込んだ彼は人狼族の少年だった。

「王室側近にならないかっていう手紙なんだけど……。僕なんかが行ってもいいのかな」

 前足の爪がきゅうと握り締められ、地面をえぐり取る。泥がまとわりついて足先を黒く汚し、雨は一層勢いを増した。考え込むロルフの脳裏には手紙の内容が離れずにいる。


ロルフ・フラン様

急な手紙で大変恐縮ではありますが、あなたをフェーダー国王室側近として迎え入れたく存じます。もしお力を貸していただけるのであれば、王都ヒューゲルまでお越し願います。

フェーダー国総務官

エーデル・ヴェヒター


 荒れ果てて国の領土にさえならないほどのこの土地に届いた手紙には確かに、ロルフの名が記されていた。そして紙を光に透かした時、うっすらと羽を広げた鳥の紋様が浮かび上がるのだ。蝋で閉じられた封筒にはヒューゲルまでの地図も入っている。この話が夢のようでいて現実だという、何よりの証だった。

「エーデルっていうひとはこの名前を知らないんじゃないかな。僕らはヴァラヴォルフの中では疎まれる一族なのに……」

 六年前の苦しい思い出が蘇って、ロルフは顔をしかめる。身体中にあの時の痛みがぶり返すようで毛が逆立った。踏みにじられた幼い頃の記憶はロルフの根底に深い亀裂を入れている。

「──でも、お母さんは言ってたよね。大切なのは一族の名前じゃなくて、誰にどう仕えるかなんだって。主人から迎えられるのは人狼族の名誉だから……行くね」

 増していく雨の勢いの中、おもむろに立ち上がる。苔むした岩の小さな墓標に打ちつけた雫が飛び跳ねた。未だ止む気配のない空模様に、ロルフの表情も暗くなる。

「……いってきます! 次帰ってきた時は僕、王室側近だよ」

 無理に声のトーンを上げ、身体を震わせ走り出す。荒野に広がる小石を蹴散らして矢のように突き進んだ。あっという間に墓石が見えなくなり、二匹で暮らした洞窟の前を横切って、息を乱して足を動かした。

「きっと、こんな僕でも……!」

 母と子だけの群れだった。集落から追われて互いに支え合ってきた母がこの世から消えてしまった今、ロルフは孤独だった。

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