調味料にはこだわらない

「誰かのレシピ通りに作ると人の味になると言うのなら、計量するのをやめたらどうだろう?」


 彼女が我々の家庭の味を作りたいと言うので僕は提案してみた。


「じゃあお願い、1週間だけでいいから1日1食作ってよ。だってあなたが作った料理が一番あなたの好みの味でしょ?」


 なるほど、確かにそうだ。普段なら仕事から帰って、それから作り始めるとご飯の時間が遅くなるが、今は流行病はやりやまい感染うつらないようにと、家で仕事をする機会が増えた。彼女の提案は良い考えだ。


 さっそくその日から僕は夜ご飯を作った。僕の料理は計量ということをしない。作りたいもののレシピをネットで5つくらい調べ、材料、特に調味料を見る。そして味見をしながら自分の慣れた好みの味にしていく。持っていない変わった調味料が使われていても気にしない。それは省いて作れば良い。年に一度使うかどうかのこだわりの調味料なんて持っていても仕方がない。それを使うために慣れない料理を作るなんていうのも嫌だ。


「私は家の味を知らないの」


 彼女の両親はとても忙しい人で、ご飯は外食か出前、あるいはスーパーで買ってきたお惣菜ばかりだったそうだ。だから家庭の味というのがわからないらしい。


「いつか結婚したら、お義母さんに料理を教えて貰おうと思ってたんだけど、それも出来なかったでしょ」


 僕の母は長患いをしていた。彼女と知り合って暫くして結婚を決めた頃に、安心したのか亡くなってしまった。だから、彼女の夢は叶わなかった。


「レシピ通りに計量して作るのは面倒だから、ざっくりとどの調味料が多くてどの調味料が少ないかだけ頭に入れるんだ。毎日作るんだからとにかく面倒な要素は省いたほうが良い」


 僕はレシピに載っていた調味料を、使う量が多い順番に並べた。近所のスーパーで手に入る調味料。変わったものや高級なものは無い。


「そして最初は薄味に作る。濃くなってしまうとリカバリーしにくくなるからね」


 何度か味見をして、少しずつ調味料を足し味を整える。彼女も味見をする。


「ほんとだ、だんだん整って良い味になっていく」

「難しく考えなくても出来上がるんだ。しかも味見をしているから失敗が少ない」

「じゃあ、あなたに味見をして貰いながら作ったら美味しい料理が出来るわね」


 でも流行病が落ち着いて仕事に行くようになったら毎日味見をするのは難しい。そこで僕は提案した。


「僕の好みの味にしなくても良いんだよ。家庭の味を代々伝えていくのも大事かも知れないけど、君の思う家庭の味を作ろう。新しい家庭の味。いつもレシピをアレンジして濃いめの味付けになっているからそこを気をつければ大丈夫」


 最近でこそ外食でもお惣菜でも薄味のものが増えたが、彼女の味覚が形成された子供の頃は濃いめの味付けのものが多かったと思う。だからそれに慣れた味付けよりも意識して薄く作ればうまく行くし健康的になるはずだ。


「うん、やってみる」

「味の感想をはっきり言っても怒らない?」


 僕は恐る恐る聞いた。彼女は少し考えて悪戯っぽく笑いながら答えた。


「うん、怒る」

「だよね」

「でも、流行病が収まってお店が開いたら外食に連れてってよ。そしたら悪い感想をはっきり言われても頑張るわ。昔みたいにどこかで待ち合わせして、ちょっと良いお店に行きましょう」

 

 僕は彼女のこういう所が好きだ。


「そうだな、じゃあちょっと奮発して鋤焼きを食べに行こうよ。君の住んでいた関西風に、醤油とザラメで作る店があるんだ」


 鋤焼きには割り下でやる鍋料理っぽいものと、醤油とザラメでやる焼き料理っぽいものがある。


 僕は昔、学生時代の友人に聞かされた話を彼女にした。

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