野菜チップスとビールの温度

 トン トン トンと蓮根を切る音がする。


 相変わらず彼女の包丁捌きは抜群だ。均等な薄さに見事に蓮根が切られている。薄さは…そう1ミリ程だ。


 外出予定の無い昼下がりにお酒でも飲もうということになったのだ。


「じゃあビールに合う野菜チップスを作ってあげる」

「あげると揚げるをかけた駄洒落というわけだね」

「食べ物をいつものようなおかしな例えで言わなかったことは誉めてあげるわ。でもその駄洒落は誉めてあげない」

「あげなかったらチップスが出来ないよ」


 彼女が包丁をじっと眺めたので僕はそれ以上喋るのをやめて手伝うことにした。


 ガラス製のボウルに水とほんの少しのお酢を混ぜて切られたばかりの蓮根を入れた。灰汁抜きのためだ。


「他にも何か切りたいなあ」


 彼女は本当に切るのが好きだ。僕は野菜室から南瓜と牛蒡を出した。


「蓮根は塩で、南瓜は素材の甘さで、牛蒡は甘辛く、どう?」

「いいわね。そうしましょう」


 スッ スッ スッ


 彼女は硬い南瓜も難なく切る。僕はくしゃくしゃにしたアルミ箔で牛蒡を擦って皮を剥いてから彼女に渡した。それから蓮根の水切りをしてキッチンペーパーで軽く水気を取った。彼女が牛蒡を切っている間にフライパンに油を注ぎ火にかけた。


「さあ揚げましょう」


 薄く切った蓮根は枚数が多い。全部揚げるのに時間がかかる。ビールでも飲みながら作りたいところだが、彼女はキッチンドリンカーを許してくれない。包丁や火を扱う場所でお酒を飲むことは危ないからだ。僕もそれには同意している。


「じゃあ牛蒡に片栗粉をまぶして」


 僕はビニール袋に片栗粉と3ミリ程の厚さに切られた牛蒡を入れてシャカシャカと振った。満遍なく牛蒡に片栗粉が付く。こうすると揚げた後に醤油と酒、砂糖で作った甘辛ダレがよく絡むようになる。


 彼女は焦げないように手際良く揚げて、油切りの為にバットに野菜チップスを入れていく。ある程度たまってきたら僕はそれを広げた新聞紙の上にばら撒く。牛蒡は甘辛ダレに絡めてキッチンペーパーを敷いたお皿に盛り付ける。油が切れてパリッとした蓮根には塩をまぶす。


「さあ出来た」

「食べましょう」


 彼女は冷蔵庫から冷えた缶ビールを出して開ける。

 僕は暫く前に冷蔵庫から出しておいた少しぬるめの缶ビールを開ける。


「冷え過ぎたビールは味わいが薄く感じる。特にエールビールは少し温めのほうが味も香りも良くなるんだ」

「その蘊蓄うんちくは何度も聞いたわよ。でも私は冷えたビールのほうが好き。温めのビールは泡が多くなるし、世の中にはビールの香りが苦手な人だっているのよ」


 彼女は蓮根をポリポリと摘みながら言った。


「ビールの香りが苦手だって?じゃあビールを飲まなければ良いじゃないか」

「そうね、あなたは牛肉の脂分が苦手だからステーキや焼き肉を食べなかったら良いんじゃない?」

「それは論点のすり替えだね。僕は赤身の肉なら食べられる」

「ほらね、私も冷たいビールなら飲める」


 彼女は勝ち誇った顔をしてビールを美味しそうに飲み、そして続けた。


「私の勝ちね。だから今度、あなたの奢りで外食ね」


 外食を賭けて勝負をしていたわけでは無いけど、彼女は嬉しそうだ。それに今まで疫病の流行で閉まっていた店が開き始めた。久し振りの外食も良いだろう。


「お肉とビールの話だったから、A5ランクの焼き肉かステーキを食べに行きましょう…と言ったら意地悪だから鋤焼きでもいいわよ」


「関東風の割り下の鋤焼きだったら…」


 僕は昔、誰かと同じような話をしたことをふと思い出した。


 シュッ シュッ シュッ


 彼女は包丁を研ぎながら、嬉しそうに鼻歌を歌った。

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