転章 出会いの前

今日は休日

今は早朝

特に行事があるでもなく、辺りはまだ静かだ

そんな静けさの中を

・・疾走する少女が居た・・



「やばっ!やばいって!!」

少女はあせっていた。着替えもそこそこに家を出た少女。

・・ちなみに現在、明け方6時前・・


「到着!すいませーん!!」


たどり着いたのはごく普通の一軒家。

そして少女は、なんら躊躇なしにチャイムとインターホン、玄関ノックの嵐を行う。

・・ちなみにここは閑静な住宅街だ・・


しばらく後、すでに起きていたのであろうか迷惑そうでもなく、きれいな女性が玄関から顔を出した。

「あら、こんなに早くどうしたの?」

「おはようございます!あいついますか!?」

「まだ寝てると思うけど、」「失礼します!!」

女性の返答もそこそこに、靴を脱いで少女は家に上がる。

そして勝手知ったる感じで迷うでもなく、2階への階段を駆け上がる。

「今日は一体、どうしたのかしらね?」

残された女性は、頬に手を当て首をかしげる。

・・ちなみにこういうのは、この家では日常茶飯事である・・





エプリカ継承記


転章 出会いの前



「始めましょう、私たちの戦いを・・」


「僕たちの戦いって・・セイカ?」

「・・・・・」

動揺、いやむしろ困惑するキセイを無視し、セイカはスライに目配せをする。

スライはうなずくと彼女のいる一帯、ターク、ラル、リュウセイ、いまだ目覚めないセツナとシュン、そして自身を覆うように防御魔法、結界を展開する。

「これで誰もあの二人に手出しできません。」

「・・そして、ここにいる全員を、これから起こるであろう事態から守ることができます。」

「・・・ありがとうございます。」


セイカはスライ、そしてタークに目礼するとキセイを見やる。

「・・ここに全ての条件が整いました。・・・ハアァァァ!!」


突如、セイカが気合を入れ始めるや、膨大な魔力が彼女の体を中心に螺旋状にあふれ出す。

その魔力量はセツナ、シュン、リュウセイすら超え、ターク、スライにすら匹敵するかと思わせるほどだ。

「セイカにこんな魔力が・・」

驚愕するラルとリュウセイ。


・・・だが、その強大な力が向けられている対象であるキセイは、当然ながらそれどころではない。

「ちょっ!?セイカ、本気!!?」

その瞬間、キセイは見た気がした。

セイカが一瞬、こちらに表情を優しく崩したのを・・

「・・・力の解放。竜形態(ドラゴンフォーム)!!」

その瞬間、セイカからまばゆい強烈な光が周囲を照らす!


誰も目を開けておけない。徐々に視界が戻ったその先には、


巨大な、竜の姿があった。


「・・セイカが、竜に?」

「そう。」

ラルのつぶやきに、近くに居たスライが視線を竜、セイカに向けたまま答える。

「シルバードラゴン。あの方の力の一端です。」

「・・一体、あなたがたとセイカは」「無駄話は無しだ。」

ラルの言葉をさえぎり、タークが緊張した面持ちで続ける。

「ラル、リュウセイ、よく見ていろ。これこそお前たちが望んでいた、・・‘最強’クラスの力だ。」

「「な!?」」

「出るぞ!!」

竜と化したセイカの口に、瞬間的に魔力が溜まり、

「え?」

セイカからの宣戦布告、突如目の前に出現した巨大な竜。

いきなりの連続にしばし呆然としていたキセイめがけ、膨大な魔力の塊、竜の吐息 ― ドラゴンブレス ― が発せられた。

「「キセイ!!」」




「起きろーー!!!」


ドアを開けるやベッドに眠る少年の腹に、少女は布団の上から肘鉄一発。

夢見心地だった少年は「げふっ」と呻き声を上げ、当然の如く目を覚ます。

「ナニッ?・・って、こんなのするのは一人だけだよな・・・」

上体を起こし、恨めしそうに同い年の少女のほうを向く少年。

ちなみにダメージは皆無だ。

だがこの非常識な少女は、少年の恨みもどこ吹く風といった感じでこう告げた。


「今から、あんたを飛ばすから」

「ハァ!?」

有無を言わせぬ、真剣な表情のまま、だがどこか優しい口調で少女は語る。

「んじゃ、そういうことで、・・・がんばって」


- 意味のわからぬまま返事をする間もなく、 -


- 少年の意識は飛ぶ -




「クハッ!!」

竜に変身したセイカのドラゴンブレスがキセイに直撃。

瞬間的に水魔法の防御壁を展開していたが、それがまったくの抵抗となっていないかのように、キセイを背後の壁までたたきつけていた。

「「・・・・・・」」

誰も声を出すことができなかった。

ある者は、信じられない力を目の当たりにしたことに。

ある者は、仲間が別の仲間に、とてつもない攻撃を加えたことに。

・・そしてタークとスライ、伝説と呼ばれるものたちは、ただ事態の成り行きを見守っていた・・。

ピクッ

かろうじてキセイの指先が動くのが見える。

いくら今までセツナやシュン、リュウセイの攻撃を受けて何気なく無傷や軽傷で済ませていたキセイとはいえ、あれは所詮ほとんど遊びのようなものだ。

だが今回の攻撃の威力、桁は明らかに冗談の域ではない。

ラルの視点から見れば、あれで身体が動かせているのが不思議なくらいである。

(・・・さあ、・・・)

「「「!?」」」

どこからともなく声が聞こえる。いや、それは直接頭に響いてくる。

(・・・次です。出てきなさい・・・)

この声の主が、竜と化したセイカからのものだとラルたちが気づいた時には、

・・先ほどと同等、それ以上の魔力の塊、ドラゴンブレスがシルバードラゴンから放たれた。


(これでは!!)

それもまた一瞬。

強力なドラゴンブレスが放たれたキセイの手前には、


― どこからともなく現れた一人の女性が、キセイを守るように立ちはだかっていた。 ―


女性が、信じられないように竜に向けて声を発する。

「この子に何を!?」

(・・どきなさい。)

おもむろに、巨大なシルバードラゴンの尾が、女性の側面に打ち込まれる。

女性はとっさに、とは思えないほどの強力な水魔法の障壁でその攻撃を防ぐ。

だが、そのすさまじい膂力により、キセイとは別の場所に押しやられる形となる。

あくまで目的はキセイなのか、気を失っている少年に向けて、再び強力なドラゴンブレスが溜められる。

「させない!」

(・・・見ていてください・・・)

「え?」

その女性は見た。竜と化しているにも関わらず、まるでおだやかな瞳で彼女を見つめている姿を。

その瞳には少なくとも狂気の色は見られなかった。

「・・・・・」

その瞳に何かを感じたのか、女性は戦闘態勢を解く。

同時に、その膨大な魔力も完全におさめられる。

(・・ありがとう・・・)

そして竜は、セイカは、これまでで最大の威力のドラゴンブレスを、キセイに向けて、放った。




― 彼が再び目を覚ましたときには、尋常でない魔力が目前にあった・・ ―


放たれたドラゴンブレスは、そのままキセイに直撃。吹き上げる爆煙。

「「・・・・・・・」」

突然の事態の連続にラル、リュウセイは言葉も出ず、ターク、スライもまた固唾を呑んで見守っていた。


そして、竜と対峙していた女性は、ただありのまま、その様子を見る。


変化はそのとき、すでに起こっていた。爆煙が薄らいだその先には、


― どこか雰囲気の変わったキセイがほぼ無傷で立っていた。 ―


「っつ~~~?」

両腕を前に交差させる防御姿勢をとったキセイの目の前には、巨大な竜。

「・・って、何でドラゴン!?」

(・・・やっと、会えた・・・)

どこか呆然とした感じで竜、セイカがつぶやいた。


意味不明な会話。雰囲気どころか口調まで変わったキセイ。そしてなにより、

「・・あれは、本当にキセイなのか・・・?」

思わずラルがつぶやくほど、今のキセイから感じられる魔力はタークやスライすらあるいは凌駕していると思わせるほどの魔力だ。

「ああ。・・だが、これで終わりそうにないな・・」

「・・そうですね。」

タークとスライはそんな会話をするや、魔力を高め結界の強度をさらに高める。


「・・あれは、・・ぇ? ・・光の精霊王?」

ふとリュウセイがつぶやいたほうをラルが見るや、先ほど突如現れた女性のところに、3人の男女がいつの間にかおり、

うち2人は間違いなく「風と大気の精霊王」であり、もう一人もリュウセイは「光の精霊王」と呼んでいた。


つまり謎の女性の周りには3人の精霊王が集まっていた。


「・・何故?・・一体何が?」

だが、それについてラルたちが考える間もなく、

(・・・う! ・・ごめんなさい・・)

「なにっ?」



(・・ごめんなさい・・)

「なにっ?」

ゴッ!

再びのドラゴンブレス。魔力の溜めが無いため、その威力は先刻ほどではない。


とっさに、というか反射的に防御魔法を張るキセイ。それはこれまでとは明らかに異なる、さきのドラゴンブレスを防いだのも納得のいくぐらい強固な防御壁である。

その防御壁はブレスを完全に防ぐ。

・・・だが、今度のドラゴンブレスは弾ではなく、いわば波だ。

いや、これこそ本当のドラゴンブレス(竜の吐息)なのだろう。その威力は目に見えて増してきている。

ブレスとシールド、攻防の押し合いによる余波はすさまじく、八創士の結界内であっても気を抜けば吹き飛ばされそうなくらいだ。

「・・これが、最強・・・」

思わず口からつぶやきが出るラル。

だが、驚愕はまだ連続する。


「何なんだよ、もう!!?」

痺れを切らしたように叫ぶキセイ。そして前に出した左手には、

「透明な盾?物質具現化!?」

今度はリュウセイが思わず叫ぶ。高度な技術、物質具現化で現れた盾は強力なドラゴンブレスを完全に防ぐ。

「・・っったく!」

盾を前面にキセイが跳ぶ。それも協力無比のブレスの波を、無造作に押し分けるように真っ向から。

「・・・おいおい・・・」

もはや呆れていたのはタークかスライか。

そんな周囲の反応を余所に、キセイは一気に竜の眼前まで迫るや、

「いいかげんに、しろーーーー!!」

そのまま竜、巨大なシルバードラゴンの鼻先を空いた右手でぶん殴った!


ズドーンという竜が頭から倒れる音。その次の瞬間には、鼻っ面を押さえて恨めしそうにキセイの方を見る、少女の姿に戻ったセイカの姿があった。

「痛いじゃないのよ、もう!!」

「痛いじゃないわ!?・・って、子供?」

「・・・あなたも、子供でしょ?」

「ェ、・・・・・えええーーっ!?」

改めて自分の手を見て驚くキセイ。


それをまるで面白がるように、セイカがキセイの眼前までつつつ、と移動する。

「・・はじめまして、かな?」

「へっ?」

きょとんとなるキセイ。

それもまたおかしいといったように笑うセイカは、おもむろにキセイのこめかみに手を当てる。

「それじゃあ、この子を起こすわ。・・会えて嬉しかった・・」

「ちょっ?」「・・・止めてくれて、ありがとう・・」

キセイの目が閉じる。端から見ればそれだけなのだが、同時になにかが去っていくのを、ここにいる誰もが感じた。

「あ、あれ?・・セイカ?」

「・・・・・・お疲れ様、キセイ。全部終わったよ。」

「え?」

「・・そして、あなたたちの冒険も、ここでひとまずお終い・・・」

そういうや否や、キセイとリュウセイ、そして今だ目を覚まさぬセツナとシュンをそれぞれ光が包み込む。

「な!?」

「大丈夫だ。」

驚愕のラルをタークが諭す。スライも、

「彼らは元の世界に戻るのです。」

「・・・元の世界?」

「わかるだろう?・・・おまえもかつて行ったことがあるのだからな。」

「!!!」

とっさに何かがラルの頭をよぎった。それは彼の感覚が覚えている記憶。


「・・・それでは、私もお暇させていただきます。ターク、スライ、我がままを聞いてもらってありがとうございました。」

「え?」

「ああ・・・」

「・・・そしてラル様。騙す形になってしまってごめんなさい。」

「・・・いや。」

ラルは騙された感はない。そもそも、何が何だかわからないことが多すぎるのが正直なところだ。

「それでも、短い間ですが一緒に旅ができて楽しかったです。・・・ありがとうございました。」


セイカの体を光が包む。そしてすぐにその姿は消えた。

ラルが最後に見た彼女は、笑顔だった。

「・・さて、これでようやくこの件はおしまいだな・・」

「・・・教えてもらえますね、今回の戦いの意味を?」

「・・正直に言えば、最後のあの方の行動はわからないね。それ以外なら、わかる限りで説明するよ、お茶でも飲みながらね。」

「・・・お茶などないぞ?」

「そう思って私が持ってきましたよ。たまにはいいでしょう?」

「・・まあ、いい・・・」

そして何気なく、懐からお茶の入っているであろう袋を取り出すスライ。

(戦いの間、ずっと入れてたのだろうか?)

どうでもいいことがラルの脳裏を掠める中、能天気な声が‘闇の聖地’に響く。

「おう、お茶か?俺も混ぜろよ。」

「・・あ・ん・た・は、風の聖地にとっとと帰る!精霊王がずっと不在だとまずいでしょうが!?」

大気の精霊王に首根っこを捕まれ、引きずられる風の精霊王。その状況に苦笑する光の精霊王と、突如現れた女性。

(あの女性も、精霊王なのだろうか?)

「いてて、ひっぱんなよ!」

「うるさい!」

などとじゃれあいながら、忽然と消える風、大気、光の精霊王と謎の女性。

「・・・あの方たちについても説明してくれますよね?」

「・・知っている限りはな・・・」




― 再び閑静な住宅街の、とある家の2階 ―



「・・ん、んんん?」

ゆっくりと少年が目を覚ます。ここは昨日寝たときと変わらない自分の部屋、自分のベッド、そして、


― その部屋の傍らには、彼のよく知った少女が、漫画本を読みながらくつろいでいた。-


「・・オイ・・」

「ん~~? ・・あ、おかえり~」

「・・おかえりじゃねーーー!!」

跳ね起きる少年。少女は面倒くさそうに少年を見る。

「目を開けたらいきなりドラゴンって、どういう状況だよ!?」

「・・夢でも見てたんでしょ・・・」

「ぁ~、確かに言葉だけ取れば夢物語だよな~。でも、明らかになんかしたお前が言うか!?」

「・・・戻ってこれたからいいじゃない。」

「いや、そういう問題じゃ」

「・・・・戻って、これたから、・・いいじゃ、ない・・・」

(・・・泣いている、のか?)

そう、少女は必死に泣き顔を見られないよううつむいていたが、涙はこらえきれなかった。まだ読んでない漫画本の後の巻をとりあえず手に取り、面倒くさそうに振舞いながらも、気が気でなかったのだ。

そのことに気づいた少年は、少女の泣き顔を見ないよう気遣うしかなかった。

「・・えっと、まぁ、そうだな。ドラゴンなんてたぶん一生見られないだろうから、いい経験をしたってことで、・・まぁ、急いで起こさないといけない事態だったわけだしな。」

そこでピタッと泣き声がやんだ。そして恐る恐る少女は顔を上げると、こうのたまった。

「・・ぁ~、えっと、その件に関しては・・・特に急がなくても良かった、かも」

「はぁ?」

「え~~っと、飛ばす時間を調整さえすればいいんだから、今すぐじゃなくても、お昼でも、明日とかでも良かった、かも・・・」

「・・・じゃあ、なにか?あの時たたき起こされる必要は・・」

「ありていに言えば、・・なかった、かな?」

「ヲーーーイ!!」

今度こそ少年は吼えた。貴重な休みの朝を、意味なくたたき起こされてはたまらない。

「な、なによ!無事、終わったんだからいいじゃない!!」

「よし、わかった。反省の意思無しだな・・・」


こうして、見るに耐えない争いが勃発した。


とはいえ、(本人たちはどう答えるかは知れないが)じゃれあいみたいなもので、無論本気ではない。

むしろ、この争いで一番被害を被っているのは、

「・・今日も元気ね~~」

「・・・頼むから、休みぐらいゆっくり寝させてくれ・・」

2階のドタバタで眠れるはずもない、少年の両親かもしれない・・・





― どこからか声が聞こえる。 ―


「私は願う。これが現実であることを・・」

「我は願う。未来がずっとあることを・・・」

「これは、」



継がれるものの物語

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エプリカ継承記 Syu.n. @bunb3

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