第6章 目覚め ~本当の力~

「その者」は語った。


「これは行われるべき戦い」だと・・・




― ‘北の闇’近傍。 「結界内」 ―


10数本の矢が宙に出現、姉弟に襲い掛かる。

「!ヤッ!!」

「!わわわ・・」

姉は宙に飛んで避け、弟はとっさに魔法の防御壁を張って防ぐ。

外れた矢が刺さった地面は、以前そうであったように、当然のごとくえぐられる。

「やっぱりとんでもなさすぎ!」

「ひええ・・・」

対するは、前回辛酸を舐めた双子の姉セツナと、初見で早くも相手の強さに驚嘆する双子の弟シュン。


「・・続きだ・・・」

八創士‘天のスライ’は再び無造作に右手を掲げ、短く詠唱する。

すると先とほぼ同じ空間に10数本の矢が出現するが、約半数がセツナに、残り半数がシュンに向けられる。

「嘘!!?」

「セツナ!!」

「・・そう簡単にこれからは逃げられん・・」

スライが手を下ろすと半数の矢は防御壁を張っているシュンに、

そして、残りの半数は宙を飛ぶセツナを追うように放たれる。

「うわわ!」

「つつつ・・」

避け切れなかった一部の矢がセツナを掠め、防ぎきれなかった一部の矢はシュンにダメージを与えた。

しかしそのダメージはわずかなもので、戦闘にそれほど影響するものではなさそうだ。

「・・・ほう?以前とは比べ物にならないか。」

スライは素直に驚嘆した。

(もう少しダメージを受けるかと思っていたが。・・・やはり血筋かな?)


だが食らったほうの姉弟にそんな余裕などない。すぐさま反撃に転じる。

「シュン!そこから援護射撃!!」

「わかった!」

シュンはそのまま強力な竜巻を即座に生成、スライに向けて放つ。

セツナはそれに巻き込まれぬ位置から飛行の魔法で接近、同時に魔力を練る。

シュンの攻撃でダメージが与えられるとは思っていない。だが、スライが避けるなり防御魔法を掛けた瞬間にセツナが別の攻撃を行うという作戦だ。

これを一瞬でなせるのは、双子ならではといえるかもしれない。

「ほう?いい作戦だ。・・・ではこうしよう。」

しかし対するスライも、生きながらにして伝説と称される人物。

さらに言えば彼女の長所の一つは、その冷静な頭脳にある。

瞬時に姉弟の作戦を読むと、的確に対応する。

すなわちシュンの攻撃を片手で唱えた魔法で防ぐと同時に、もう片手でセツナの周辺に数本の魔法の矢を出現させる。

「・・え?」

「これはちょっと反則だったかな?」

しかし非情にも、魔法の矢は攻撃するため魔力を練っているセツナに殺到する。

すさまじい炸裂音。えぐられて地面から土煙がもうもうと立ち昇る。


「セツナ!!!」

「・・・ぁ、危なかったぁ」

土煙が晴れた後にはセツナが防御壁を張っている姿。攻撃用に練っていた魔力を瞬間的に防御に当て難を逃れたのだ。

張られた防御壁は強固であり、当人はほぼ無傷だ。

「ふむ、先ほどの攻撃をきっちり防ぐとは。・・・どうもこれではきりがないようだ。」

その言葉を起点に明らかにスライの周囲の雰囲気が変わる。それは膨大なる魔力の流れ。

‘天の八創士’スライがついに本気を出してきたのだ。その魔力はまさに天を裂くかの勢いである。

「うわわ・・」

「・・・・・」

それを見、いや、感じるや否やセツナがシュンのところへ戻る。そして一言。

「・・全ての力を出すわよ。」

「・・だね」

次の瞬間、姉弟の周囲にも膨大な魔力が流れる。

風と大気の試練を越えたそれは、まさに竜巻のそれである。

加えて、

「物質具現化!!」

気合一線。セツナの手元に魔力で創った、風属性の青のソーサーが出現する。

それは先にリュウセイとの戦いで出したそれよりも明らかに大きく、魔力が凝縮されている。

「・・・物質具現化。その歳でそこまで魔力を操れるとはな。」

「・・・そんなに驚かないところを見ると、やっぱりリュウセイとの戦いも見ていたんですね。」

スライは何も答えない。ただ、さらにひと際、周囲の魔力を高めた。

あまりに膨大なそれは、空間を歪めている様にすら見えるかもしれない。

「やっぱ無茶苦茶だ!」

「・・くっ!」

「さあ、勝負をつけようか。」




― ‘北の闇’入り口付近 ―


「ぁ~、これおいしい。」

「あのさ・・・」

そこに残った二人の子供の男の子の方、キセイは立ち上がってこう尋ねずにはいられなかった。

「なんで僕ら、こんなところでお菓子食べてるのかな、セイカ?」

さらにご丁寧なことにビニールシートも敷いてある。これではまるで、

「?ピクニックでビニールシートを敷いてお菓子を食べるのは、そんなにおかしいことじゃないはずだけど?ぁ、別に‘お菓子とおかしい’を掛けてたりはしないからね。」

「いや、ピクニックという言葉が出た時点で訳わかんないから、そんなのはいいけど・・」

「だってあれから魔物は全然こないし、ただ突っ立ってるよりはいいでしょ?」

「まあ、確かに魔物はこないけど・・」

そうなのだ。

この‘北の闇’に入ってすぐ、ラルとリュウセイが一緒に居たときにセイカが撃退したらしい魔物以降、実に一体も魔物が入り込んでこないのだ。

「だからって、それをピクニックと言い切って行動するのはどうなのさ?」

「まー、気にしない気にしない。」

立ち上がって(当然の)疑問を言うキセイの両肩に手をやると、半ば無理やり座らせる。

「敵が居ないときに休んでおくのも戦士の勤め。それにここから離れるわけにもいかないし、ね?」

「言葉だけ聞くとその通りなんだけどね・・・」

しっくりこないといった態度のキセイは、突如両肩に痛みを感じる。

彼は見てしまった。

セイカのこめかみに十字の線― 俗に青筋と言われるものだ ―が入っていいるのを。

「そ・ん・な・に、嫌だったら見回ってきたら? わ・た・し・の・見・え・な・い・と・こ・ろ・で・!」

「・・・・・いえ、喜んでご相伴に預からせていただきます・・・」

「最初からそう言えばいいのよ。」

キセイの方から手を放し、再び優雅にティータイムを始めるセイカ。

やはり幼くても女性は強い。

ちなみに今では、逆になんとなくセイカは機嫌が良いようでもある。女心はわからぬ。


・・・どうでもいいが、よく「ご相伴に預かる」なんて言葉を知っていたな、キセイ。



― ‘北の闇 奥の間’ ―


・・・静かだ・・・


・・その‘闇’はまるでそこにある全ての音を吸収しているようだ・・


その静寂の中、‘闇の’タークとそれに対するラル、リュウセイコンビは、身じろぎもせず対峙していた。

「・・・どうした、かかってこないのか?」

「くっ・・・」

仕掛けようにも仕掛けようがない。ややもすれば、タークはただ剣を抜いて突っ立っているように見えるかもしれないが、そこはラルも熟練の剣士だ。

隙がないように見えるし、逆に誘っているようにも見える。少なくとも言えることはただ一つ。

(防がれるか避けられるのか、それとも迎撃されるのか。仕掛け・・いや、ここから前に踏み出した時にどうなるのかすら、全く予測できない。)

ある一定以上の実力者同士の戦いになると、重要な要素となってくるものがある。・・すなわち読みだ。

それが全くできない。それはそのまま、相手との圧倒的な実力差を指すに等しい。

(・・これが「最強」級の実力なのか・・)

「・・では、こちらからいかせてもらおうか。」

「「!!」」

その瞬間気配が消えた。と、思った次の瞬間、


ギィィィン


「ぐあっ!!」

「ラル様!?」

リュウセイが気づいた時には、敵は彼のすぐ近くにいた。衝撃で飛ばされる直前にラルの居た胸元に無造作に剣を突き出す形で。

「・・これを防ぐとは、なかなかの実力だ。」

「くっ・・!」

驚愕する間もあるか否か、リュウセイはタークと反対側に飛び退りつつ3つの五亡星を展開、光魔法の光線を繰り出す。

さらに着地と同時にひと際大きな五亡星を展開、巨大な光弾を放つ。

光線を避けようとすれば例の追尾が、魔法で防げば強力な光弾を受けることになる。子供とは思えない思考された戦略だ。

「ほう・・」

しかし次の瞬間、リュウセイは目を見張った。

なんとタークは瞬時にまったく同じ闇の魔法で相殺、・・いや、闇魔法の弾に関しては、子どものそれをまるであざ笑うかのように、光の光弾よりやや威力が強く、その力を弱めつつもリュウセイに向かってきたのだ。

「間に合え!」

リュウセイはとっさに魔法で防ごうとする。

が、間に合わず直撃、吹き飛ばされる。

・・相手の行動後に瞬間的に生じるであろう隙を突いた形、しかも2段構えのリュウセイの攻撃を、この‘闇の八創士’は正面から堂々と迎撃したのである。

その所業は人か魔か。

(何気ない攻撃でこの速さと威力。・・・強すぎる・・・・・)

何とか立ち上がり剣を構えるラル。だが剣を持つ手の痺れは、あたかも相手との明らかな実力差を物語っているように感じられる。

「どうした。まさかこれで終わりじゃないだろう?」

「!・・はあああああああ!!」

一転、まるで開き直ったように剣を繰り出すラル。いや、実際開き直ったようなものだが、迷いが取れ、動きが鋭くなったのは事実。

「たとえそれが捨て鉢であってもな・・」


パーーーン!


気の抜けるような音は、ラルの手から剣が飛ばされる音だ。

ラルの並みの剣士になら一瞬で勝負がつくような剣技を、表情も変えずあっさりとかわし、何気ないように振ったただ一振りが、相手から得物を失わせる。

己の技量を過小評価しがちだが、ラルの剣技は間違いなく大陸の五指に入る。

だがタークは‘伝説の八創士’の中でも1,2位を争う剣士である。ラルが1対1で勝負を挑んだのがそもそも間違いだったのか。

「終わりか・・!?」

ラルにとどめを刺せる位置から突然飛び退るターク。次の瞬間、彼の居た場所に光の線が走っていた。

「・・・光の槍。物質具現化か。」

「・・今のうちに剣を!!」

言われるまでもなく剣のところへ走り、拾い構えるラル。

「なかなか楽しませてくれる・・・」

余裕の表情のタークと対照的に、より緊迫の色が濃くなるラルとリュウセイ。

「一体、どうすれば・・・」

思わずそうつぶやくラルが居た。



― 再び、‘北の闇’近傍「結界内」 ―


対峙する‘天の八創士’スライと‘風と大気の使い手’セツナ、シュン姉弟。

その3人から生じられるすさまじい魔力は、彼らを覆う結界内を満たし、今にも崩しかねない勢いである。

「・・さて、結界が持っているうちに決めるか・・」

「「!」」

先に仕掛けたのは姉弟。まずシュンが特大の竜巻を放ち、ついでセツナが‘物質具現化’したソーサーを投げる。

シュンの竜巻は囮。防ぐか避けられた後に迫るセツナのソーサーが本命の、双子ならではの見事な連携攻撃だ。

「意図は読めても対応する他ない。・・忌々しい攻撃だな。」

スライがとった行動はさすがとしか言いようがない。シュンの竜巻をあっさりと相殺し、ついで迫るソーサーを確実に見切り、最小の動きで避ける。

「!・・えーーい!!」

渾身の攻撃にあっさり対処されたためか、続いてセツナは質より量といわんばかりに風の球や竜巻を連続して放つ。

「ぬるい攻撃だ。いくら数があろうとこれなら避けるまでもない。・・と言いたい所だが、」

突然スライが右前方に飛び込むように倒れこみ、彼女が先ほど居たところの後方に向け物質具現化した矢を放つ。

まさにその瞬間、帰ってきたソーサーと矢が激突。すさまじい衝撃を残しつつ、霧散する。

「・・さすがにこの攻撃はきちんと対処しないとな。」

「くっ・・」

セツナはソーサーが帰ってくる位置に足止めできるよう、やけになったかのような攻撃をわざと仕掛けた。

だがそれすら、この八創士は読みきったのである。セツナの惨敗か。

「・・これで最後だ。」

スライが右手を突き出す。するとスライの前方、いや、セツナら姉弟を取り囲むように無数の物質具現化された矢が出現する。

それはいつぞや、精霊の森で受けた攻撃と同様の攻撃。

・・だが今回は、手を抜いてはいない。

一本でもまともに食らえば、ひとたまりもないであろう。

「・・・・・」

スライは何も言わず、この非情な攻撃を発動する。しかし胸のうちでは、実は全く逆のことを思っていた。

(・・この子達なら二人で何とかしのげるはず。・・・!?)

ここにきて初めて、八創士スライの読みが外れた。


防御の魔法を唱えたのは、セツナ一人。

「大気よ!この地に宿る精霊よ!どうか私に力を貸して!!」

強力な防御壁が姉弟の周りに展開。それも一つではない。

一枚では防げないと察したのか、破られるのを覚悟で2枚、3枚と防御壁を張る。

だが、それでもこの攻撃は防げないであろう。せいぜい時間稼ぎ程度しか、

「シュン、今!!!」

「!! 風よ、すべての風よ!この僕にしたがえーーー!!!」

シュンが練りに練った渾身の風が、竜巻が、暴風がスライに襲い掛かる。

反射的に防御魔法を展開しながら、スライは全てを理解しつつあった。

この姉弟は、自分が大技を放つ瞬間、まさに今を狙っていたこと。

その攻撃は、攻撃魔法の素質の高いシュンが行うこと。

そしてセツナは弟が全開まで魔力を練れるまでの間、すなわちソーサーを放った瞬間からできうる限り時間を稼ぐこと。

そしてこの渾身の攻撃を、今の状況では八創士である己の実力をもってしても防ぎきれないこと。

(それでもわからないことが後一つあるけど、)

しかしその疑問は暴風の最中、一瞬だけ姉弟の姿が見えた瞬間氷解した。

(・・いい姉弟だ・・・)

セツナ、姉は弟をわが身が最後の盾であるかのように弟に覆いかぶさり、

シュン、弟はそんな姉を完全に信頼した表情でたたずんでいた。


― 次の瞬間、結界を吹き飛ばす威力の魔力が、その場に居た3人に等しく襲い掛かった ―




― 再び‘北の闇’入り口付近 ―


「「!!」」

突然、すさまじい音と衝撃が、この‘北の闇’内部にまで響き渡った。

「な、なに!?」

「・・・ぁ~、思った以上、というか、やりすぎ。」

「えっ?」

妙なことをつぶやくセイカに、聞き返そうとするキセイ。

だがセイカは取り合わずおもむろに立ち上がると、あろうことか衝撃音がし、魔物がひしめくであろう外に向かって歩き始めたのだ。

「ちょっ、セイカ?そっちは!」

「状況が変わったの。」

それからは何も言わずズンズンと先に進むセイカ。キセイはとにかく、ついていくしかない。

そして外に出る二人。それを迎えたのは、台地を覆わんばかりの魔物の大群と、

「結界が消えてる・・?」

「・・・・・・」

そう、先ほどの衝撃は結界が破れたそれである。

「・・は~、弱った、これは予想外。」

「??」

先ほどから意味不明の言葉をつぶやくセイカの方を見ると、彼女はめんどくさそうに髪をかきあげて言った。

「・・・仕方ない。ここは動きますか。キセイ!」

「は、はい!?」

「これから3人を助けに行くから、しばらくはあわてず騒がず、私の言うことに従うこと!いい!?」

「へ?」

「返事は!!?」

「あ、は、はい!」

もはや困惑してよくわからないまま返事をさせられるキセイ。それをみるや、セイカは魔法、と思われるものを唱えだした。


「遥か過去より従いし者。来なさい、比翼(ひよく)!!」

「フオォォォーーーン!」

セイカが唱え終わるや、どこからともなく大きな翼を持った黒い生物が飛来してくる。

「り、竜?」

そう、キセイは正確な名前は知らないが、ワイバーン、竜族のそれにこの生物は近かった。

「来てくれてありがとう、比翼。さっきはごめんね。私たち二人を乗せて飛んでくれる?」

呼び出した張本人であろうセイカは、もちろん驚かない。

それどころか、まるで馬にそうするかのように比翼 ― ワイバーンの名前であろう ―の首をあやす。

「フオォォ!」

「よし、いい子ね。」

了解の返事だったのだろうか、セイカはワイバーン、比翼の背中に颯爽とまたがる。さらに彼女の後ろ側を示すと、

「ほら、キセイも早くする。」

「え、僕も?」

「・・さっき二人でって、言ったでしょ。」

比翼は竜にしてはそれほど大きな部類ではないが、それでも子供二人なら十分に乗れる大きさだ。

だが無論、それはたいした問題ではなく、

「なんで、・・って、浮いてる、いつの間にか浮いてるよ、ボク!?」

「優柔不断は嫌われるのよ、いつの時代も。」

「訳わかんないし!?」

「などとやっているうちに、緊迫した事態に。」

「へ? ・・・げげっ!?」

セイカが示す方向に目を向け、驚くキセイ。

当たり前だが、魔物の大群、指し当たって空を飛べ機動性の高い魔物が群れを成して迫ってきていた。

だが、セイカはあわてる様子もなく、キセイを比翼の背中に乗せると、

「ほら、しっかり掴まってて。・・へんなとこ、触んないでよ?」

「・・・なんか嫌な予感しかしないけど、どうするの?」

「もちろん突破する。いち、に、・・・余裕を持って3体でいいかな。」

そうつぶやくや、セイカは空を、特に魔物が密集した場所を3箇所、右手で指し示す。

「準備オッケー!比翼、お願い!」

「フオォォォォーーー!!」

「わわわっ、」

比翼は大きな翼を羽ばたかせ宙に舞い、軽く旋回してセイカの示す方角に騎手を向ける。


「それじゃあ、行くわよ!・・・古よりの契約、今こそ果たしたまえ。空爆天(くうばくてん)!!」


それはいかなる現象であろうか。

舞い迫る魔物の群れに靄がかかったかと思うや、突然爆発したのである。

それも3箇所同時。その位置はちょうど、先ほどセイカが指し示した付近。

「わわわ!?」

「ついでに地上は、・・・あの辺りかな?」

続いてセイカは、人差し指と中指で地上を切るように線を示す。


「よし。・・太古よりの命、今ここに顕現せよ。地走虫(ちそうちゅう)!!」


すると突然、セイカが先ほど線で示した部分の地面が、ちょうどモグラが畑を荒らすように盛り上がる。

その規模は、空中から見てはっきりとわかるくらい大きく、いや、巨大であり、数十、数百の魔物がそれに飲み込まれ、あるいは弾き飛ばされる。

あまりのことに唖然とするキセイ。だが、セイカはそれをあえて無視するように、

「よっし、後は向かうだけ。ひよくん、ゴーゴー!!」

「フオォォォォーーーーー!!!」

「うわわ、!!」

急加速。明らかに警戒あるいは本能で怯えている魔物の群れを尻目に、目指すは結界があった場所。


この旅の結末は近い。


そして、ここにきて色々と聞きたいことだらけのキセイがまず聞いたのは、

「‘ひよくん’って、この子の名前~~!?」

「そこ、先に突っ込むトコーーーー!!?」



・・とりあえずこの場はこんな感じで・・・



― 再び、‘北の闇 奥の間’ ―


地表で起こった大爆発の余波は、この奥の間にも大きな揺れとして届いていた。その揺れを合図に、場は再び動き出す。

ラルは剣を交えるべく前方へ、リュウセイはいつでも一撃が繰り出せるよう後方にて‘光の槍’を構える。

タークには今だ及ばないと言えど、技量的にはリュウセイを圧倒するラル。

経験値は高いと言い難いが、一撃の威力は突筆すべき‘光の槍’を繰り出せるリュウセイ。

ラルが何とか隙を作り、リュウセイが ‘光の槍’で決めるという形が理想的だ。

・・・というより、それ以外の手は考えられなかった。


「まあ、妥当だな。」

当然のごとく、‘闇の八創士’タークはその戦法を読んでいた。

「しかし厄介ではある。・・・普通ならだが・・」

その時、ラルにとって信じられないことが起こった。

ラルの剣を受けたタークに、隙ができてしまったのだ。

確かにそれはラルが狙ったこと。

しかし、あまりに容易にできすぎた。

とは言え、それが千載一遇のチャンスであるのもまた間違いない。

リュウセイの光の槍がタークの胸に向かって伸び、

ザシュッ

あろうことか、そのまま、タークの胸に突き刺さる。


・・・だが、

「な・・・」

「え・・?」

ラルとリュウセイは、原因は同じでありながら、違う事象に同時に気づいた。

(確かに槍が刺さったはずなのに、血が全く出ていない?)

(全力で槍を伸ばしたのに、背中まで突き抜けていない・・・。)

「ふふふふふふ」

タークは不敵な笑みを見せる。


・・・そして異変は起こった。


タークの胸に刺さった光の槍の先が瞬く間に黒く染まる。その現象は槍先にとどまらず、リュウセイの手元まで迫る。

「まずい!」

瞬間的に物質具現化を解除、急いで飛びのくリュウセイ。

「・・甘い」

だが、タークがリュウセイの飛びのいた方向を指差すと、完全に黒と化した‘光の槍’が突然鞭のようにしなり、リュウセイをしたたかに壁まで打ちつけた。

「ぐはっ!」

リュウセイはそのあまりの衝撃にしばし動けない。

「・・・これが闇の真の力・・」

再び戦慄するラルに、タークは答える。

「・・・厳密にいえば‘闇’ではないな。・・まあ、真の力といえなくもないが・・。」

タークはまるでラルに教えるかのように、こう言い放った。

「この力は闇の深淵、・・・‘魔’だ。」


ドクン


一部の精霊にはその上位というべき存在がある。


ドクン


そしてその上位の存在は、もちろん程度の差はあるが、下位の精霊を従える能力があるという。


ドクン


つまり先ほどは‘闇’の精霊の上位である‘魔’を使って‘光’を従えたというのだ。


ドクン


しかし実のところ、そのようなタークの言葉は耳に届いてはいるが、ラルの頭の中までは届いていない。


ドクン


‘魔’という言葉を聞いたとたん、突如、胸の鼓動が早くなった気がしたからだ。


ドクン!


しかし最後のこの言葉だけははっきりと聞こえた。


ドクン!


「 ‘魔’の力には対となる力が存在する。 ‘聖’、・・・お前の母親の持つ力だ・・。」


ドクン!!



・・・正直なところ、ラルは自分の母親のことを見くびっているところが、わずかではあるが心の奥底にあったかも知れない。

なるほど、母は誰にでも分け隔てなく優しく、しかしそうすべきときには厳しく接し、父の名声もあって世間から‘聖女’と呼ばれるにふさわしいとは認めている。

だがそれは性格上の、いうなれば‘心’に関することであり、直接の‘強さ’とは違うと思っていた。

また、ラルは母が ‘聖’の力を実際に使っているところを見たことがなかった。

- これには理由があるのだが・・ ―

それゆえラルは、「英雄の息子」としての自身を世に認めさせるため、父と同じ剣の道を選んだ。



だがしかし、彼に流れる血は、間違いなく母の影響もまた受けていた。


「うぉぉーーーーーーー!!!」


ラルの中で何かが弾けた。

それは彼に母親から受け継がれた力。

対となる‘魔’の力におびき出されるように、‘聖’の力に目覚めた瞬間であった。


「・・・ようやく目覚めたか。」

タークは静かにその瞬間を見ていた。

彼自身のそれに比べ、ただあるだけの錬度の低い拙い魔力。

だが目覚めたばかりで制御できていないとは言え、その魔力の強さだけ見ればかなりのものとタークは判断する。

「・・・ならば次はその力を見るまで!」

タークもまた‘魔’の力を解放する。

(・・借り物の力と言う点では、むしろこっちが偽物か・・・)


初めての力を使いこなすのに精一杯のラル。

そもそも使いこなせるはずもない借り物の力に翻弄されるターク。

「ハァーーーーーー!!」

「タァーーーーーー!!」


その時、その場に居合わせたリュウセイは見た。


‘聖’と‘魔’、‘白’と‘黒’が衝突する瞬間を・・




「と~ちゃ~~~く♪」

「うあぁ、・・・目が回る・・・・・」

ここは北の闇近郊、結界の張ってあった場所。

そして傍らにはセツナ、シュン姉弟。

・・・スライの姿は見当たらないが、セイカはこれを知っている。

セイカと‘比翼’と呼ばれるワイバーンと思われる生物は、数百、数千の魔物の群れを難なく飛び越え、あるいはいなし、ここに到った。

- 被害といえば、乗り物酔いに近い状態のキセイぐらいか・・・ -

「うぁ、ちょっとやばい!いくらなんでも無理しすぎでしょ。キセイはシュンを治してやって。」

「ふ、ふぁい・・」

ギャグのようなやり取りだが、実際双子の、特にセツナのダメージはひどかった。

だが、セイカならまだ何とかなった。

・・逆に言えば、セイカでなければ絶望的だったのだが・・

シュンもかなりの怪我だったが、キセイの治癒魔法で何とか小康状態まで戻った。

「ふう、これでもうしばらく休めば大丈夫。・・・ ‘比翼’・・」

「・・フォオ!」

「え?・・なに、何、ナニ!?」

シュンの治療がとりあえず終わってホッとしていたところで、キセイは再び宙に浮いた状態となる。

見れば双子も同じように気を失った状態で宙に浮いていた。

「セイカ!!今度は何!?」

「・・・大丈夫、すぐに起こすから・・」

突然セイカが突き出した右手からキセイに‘何か’が放たれる。

「な・・・・・」

「・・比翼、この3人を再び‘北の闇’まで・・・」

「フエェェーーー!!」

セイカの声に合わせるようにセツナ、シュンをその手、前足で掴み、キセイをその背に乗せるように上手く飛ぶ。

そして比翼は、再びもとの場所、‘北の闇’に向かって飛行を始めた。

「セイ・・カ?」

「・・・キセイ・・」

薄れ行く意識の中で、キセイは、セイカがこうつぶやくのを聴いたような気がした。


「・・この時がやっときたのね・・・」




・・・・・・

・・・静寂・・・

・・・そう、ここはこんなにも静かなのだ。



- 闇の聖地‘北の闇’-

・・その奥の間こそ、此度の終焉の地・・・


「・・ル様!、・・ラル様!!」

「・・・ん、・・・リュウ、セイ?」

倒れた状態で徐々に意識が回復していくラル。そして、自分がこのようになった原因に思い至ると、

「・・お、俺は? あの人、タークは!?」

「俺なら、ここだ。」

声のした方向に顔だけを向けると、そう離れていないところでこちらを見下ろすタークの姿があった。

「くっ・・」

あわてて立ち上がろうとするも、ラルの体には力が入らない。

「無理をするな、初めて使う力だ。もうしばらくはまともに動けまい。・・もっとも、私も似たようなものだがな・・」

言うや、タークも力が抜けたように、地面に膝をつく。

「・・とにかく‘魔’は討ち払われた。礼を言おう。」

「・・・どういうことですか?」


「言葉どおりだ。・・‘魔’の暴走。それがお前の力で食い止められた。」

突然タークとは別の方から答えが返ってくる。


「!‘天’の八創士スライ!!・・・どうしてここに?」

「・・・私が連れてきました。」

スライの後方からさらに別の声。そこから姿を現したのは、

「セイカ!?」

「・・・何故君が?」


ラル、リュウセイの問いかけに、セイカは答えない。

ただ、入口方向に顔を向けると、

「・・・来たわね。」

つられて二人が見た先には、セツナとシュンをそれぞれの前足、そして背中にキセイを乗せた子竜の姿。

突然の事態の連続にもはや言葉のないラル、リュウセイを尻目に、セイカは命じる。

「・・・‘比翼’、セツナとシュンをラル様たちのところへ。あなたはこちらへ。」

「フォォ!」

セイカの‘命令’に応じる‘比翼’。セツナとシュンをラルたちの近くに降ろし、キセイを乗せたままセイカの元へ。

「セツナとシュンは大丈夫です。力を使い果たして気を失っていますが、身体の傷自体は治してますのでそのうち目が覚めるでしょう。・・・‘比翼’」

ペットをあやすようにセイカが比翼の首元をなでると、機嫌を良くした様に反応する。

「お疲れ様。今日は助かったわ。元の世界に戻りなさい。」

使役者の命に答え、その忠実な子竜、比翼は出現したときと同じようにいずこかへ掻き消えた。


当然、背中に乗っていた形のキセイはそのまま床まで自由落下。

「いてっ! ・・一体何なんだよもう・・・」

そして当たり前のように無傷である。

「・・・キセイ・・・」

倒れているキセイの数歩手前まで歩み寄り、これまでに見たことのないほどの真剣な表情で見下ろすセイカ。

聞きたいこと、言いたい事は山ほどあったが、その雰囲気にキセイはおろか、リュウセイ、ラルすら口を挟めない。

「・・さあ、始めましょうか・・」

「な、なにを・・?」

「もちろん、」



「私たちの戦いを・・・」


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