第4章 初動 ~精霊王の力~
「そのように言われても私には・・・」
「あ、たまにやっていることは知ってますから、気にしないでください。」
その言葉に女性ははっと、目を見開いた。
「・・・えと、・・・すいません。」
女性は本当に申し訳なさそうに、自分よりもまだずっと背の低い人物に頭を下げる。
「いえ、自分に正直にできることは、素敵なこと。・・・少し、羨ましいです。」
その言葉にまたもはっとなる女性。
しかしその言葉への返事などできるはずもなく、
「・・わかりました。私でよろしければやらせていただきます。」
少し寂しそうに微笑むと、静かにその場を立ち去る。
女性はそのものがいた方向をしばし、慈しむように眺めていた・・・
―廃墟、夕暮れ―
「・・・少し休んで体力も何とか戻っただろうし、日が暮れる前に戻った方がいいな。」
「みんなを起こしますね。」
状況を改めて確認してみる。魔力や体力を使い切って眠っている子供が3人と、傷はふさがってはいるものの重傷者が1人。
まずはセイカが、子供たちを起こそうとするのだが・・
「えいっ」
かわいらしいかけ声でなにげなく、・・仰向けにぐっすり寝ているキセイのみぞおちに踵を入れた。
当然の如く驚いて上体を起こし、激しく咳き込むキセイ。
・・・をよそに、何事もなかったようにセツナを揺さぶって起こす。― こちらは普通にだ ―
さらにセツナが、傍らの少年を同じように揺さぶって起こす。
(・・・別にもう機嫌は悪くないようだが、・・・わからん)
まだ眠そうなもの -何故か眠る前よりもきつそうなものもいたが- 、とりあえず全員がラルのところに集まってきた。傍らにはタリアが横たわっている。
「さて、日が暮れる前にここを出ようと思うが、・・・その前に君の事を聞こうか。」
「あ、すいません。私のほうから紹介しますね。」
先ほどセツナと同様、それ以上かも知れない、非常に強力な風の魔法を使った少年の素性を聞こうとすると、何故かその隣にいるセツナから返事が来た。
「セツナ、知り合いか?」
「知り合いと言うか、私の弟です。」
「なに?」
「へ?」
「えと、セツナの弟のシュンです。姉が迷惑をかけています。」
姉と違い、少しおじおじと礼儀正しく挨拶をする少年。いや、むしろこれが普通で、
「ちょっと、私がいつ迷惑をかけたっていうの?弟のくせに、人聞きの悪いこと言わないの!」
と、出会った当初からこんな感じの姉の方が若干普通でないのだろう、たぶん・・・
「・・・それはともかく、その、シュンは、何でこんなところにいたんだ?」
「さあ、なんででしょうか?・・・気づいたらここにいたという感じで」
「う~ん、あんたは昔からボーっとしてるからね。大方、ふらふらと歩いてるうちにこんなところまで来てしまったんでしょ。そんなことより大事なことはただ一つ!」
セツナが自分の弟、シュンに向かってびしっと指を突き出すと、当然のようにこうのたまった。
「あんたも私たちに協力しなさい!」
「いや、それは俺としても嬉しいが、何の説明もなく、いきなりそれは・・・」
「・・・仕方ない、いいよ。」
「二つ返事!? ちょっとは考えようよ!!?」
思わず妙な突っ込みをしてしまうラル。どうも最近の彼はキャラが崩れやすいようだ。
「どうせ、この危ない負の気配の原因を突き止めにいくのでしょう?僕も気になるし、構いません。」
「へ~、よくわかったね。」
感心したように言うキセイ。初対面にしては気安いが、子供というものは大方打ち解けあうのが早いものだ。
「・・・これでもずっと一緒にいた僕の姉だからね。さすがにもうこういうのはわかるよ。」
「まあ、弟としては当然よね。」
何故か自慢するように言うセツナ。ため息をつくシュンを前に、兄弟のいないラルは、
(・・・兄弟というのも、大変なものなのだな・・・)
などと、妙に感慨深く思ってしまった。
「そろそろ移動しましょう。タリアさんもこのままではなかなか回復しませんし・・・」
話に一区切りついたところで、会話に加わっていなかったセイカが提案した。
「そうだな。すまないが、またセツナとセイカで俺たちを飛ばしてくれないか?」
「シュンは自分でいけるわよね?」
「うん。・・・あんまり得意じゃないけど、自分だけならなんとか。」
「まあ、今日はがんばったけど、もうちょっと精進しなさい。」
「・・・がんばるよ。」
何度も言うが、空中浮遊の魔法はそんなに簡単なものではない。・・・少しでも魔法について詳しいものが聞いたら、やはり唖然としてしまうであろう。
しかし、ラルはもうかなり慣れてしまっていた。
「じゃあ、シュンは自分を。後は来たときと同じくセツナは俺、セイカはキセイを頼む。・・タリアはセツナ、頼めるか?」
「・・・それは構いませんけど、できれば魔法をかける場所を一箇所に集中させてもらえませんか?普段ならともかく、完全に回復できてない今の状態で、何箇所にも魔力を回すのはちょっと大変なので。」
ラルはなんとなくいやな予感がした。
「・・・つまりどういうことだ?」
その問いには、セツナではなくセイカが答えた。
「ようするに魔法をかけたい対象が、宙に浮いた際に離れないように接続していればいいのです。・・この場合ラル様とタリアさんですね。」
「なに?」
「タリアさんを抱きかかえてください。」
「!」
思わず顔が真っ赤になる-のが自分でもわかるくらい動揺した-ラル。見ればセツナとシュンの顔も同じように紅潮している。
セイカとキセイの様子はまったく変わっていない。セイカは言った張本人だし、・・キセイにはまだ早かったのであろう・・
「セイカ、そ」
「急いでください。確かに命は取り留めましたが、まだ重傷者には違いありません。こんなところに放置していては、治る傷も治りませんよ。」
セツナが何か言おうとしたが、聞こえてないのか切羽詰ったように続けるセイカ。その表情は真剣そのものだ。
その表情に―顔の紅潮はなかなか引かなかったが―、真剣な態度でラルは答える。
「・・・わかった。」
言うや、タリアの横たわる場所に行き、一瞬その前で止まった後、意を決したようにタリアを抱えあげた。―いわゆるお姫様抱っこだ―
「!」
「!!」
「・・・」
「お~」
慌てふためく姉弟が二人。何も表情に出さない少女が一人。何故か感心したような少年が一人。
子どもたちのそんな反応に、ラルは気づいていたが、あえて気にしないように、
「セツナ、急いでくれ。」
「あ、は、はい!! シュン、遅れないのよ!!」
「う、うん!!」
あわてて空に浮かぶセツナとシュン姉弟。もちろん、タリアを抱えたラルも空中の人となる。
はたしてゲインの館に向かい飛び始めた際、下方からこんな会話が聞こえた。
「じゃあ、私たちも行くわよ、キセイ。」
「うん。・・・ところでラルはなんでタリアお姉ちゃんを抱え上げたのかな?魔力を集中させるなら二人が近いところに居れば良いだけのはずなのに?」
「「「「!!!」」」」
「あれ?セツナたち、どうしたのかな?」
キセイの視界では、二人の姉弟の空中飛行のバランスがともに一瞬崩れたのが見えた。特にシュンの方はもう少しで樹と衝突するところであった。
・・・そして、何とかバランスを保った後も、ぎこちなく-主にラルの方を見ないように-、魔法を行使していた。
「・・・さっきセツナが言おうとしていたのはこのことだったのか・・・」
とは言え、流石にいまさらタリアを離すのは危険かも知れないので、そのままの状態で館まで行くことにする。
「・・・セイカには後で一言、言っておかないとな。」
そしてその後方、いまだ廃墟にいるセイカとキセイも一瞬即発であった。―当事者の一方は気づいていないが―
セイカが妙に晴れやかな笑顔で-口元を引きつらせながら-、こう言い放った。
「・・・キセイくん、地獄の手前にある三途の川という所の、ほんのちょっと手前まで‘逝く’の決定ね♪」
「な、なんで~~~~!?」
そのかなり八つ当たり気味な発言を聞いた3人は、自業自得とはいえ、心の底から少年の冥福を祈った・・・
―ゲインの館、夜―
ちゅどーーーーーーーん!!
・・・・・・・・・・
「ただいま戻りました~♪」
「・・・なんだったんだ、今の音は?」「気にしないでください」
そんなゲインとセイカの会話があった。説明するのも億劫なのでラル、セツナ、シュンの3人は何もなかったかのように振舞う。
・・・むろん先ほどの音源は、ここにいないもう一人の子どもに他ならない・・・
「・・・まあいい。タリアはもう寝室に寝せてある。疲れているところすまないが、何があったか説明してほしい。」
その場の四人、主にラルが廃墟で何があったかを報告する。子供たちは先ほどの仮眠ではやはり足りなかったのだろう、起きているのがやっとといった感じであった。
・・ちなみにキセイは話の終盤、悪魔と化す狂人がやられるあたりでようやく戻ってきた。
ちなみに、体中がのきなみ傷だらけですんでいたのは、驚愕と言えば驚愕なのだが、全く凄いとは誰も思っていなかった・・・
「・・・というわけでここにいる子供たちと戻ってきたわけです。」
と、いくつか(特に帰り路、娘さんを抱っこした件について)端折った所はあったが、ここで話を締めくくる。
「ふむ、それは迷惑をかけた。まずはタリアの父親としてお礼をさせてもらおう。」
そういうと立ち上がり、そこに居る全員それぞれに分け隔てなく頭を下げる。
この、自分の半分にも満たない年齢の相手であってもきちんとした礼儀を尽くせるあたり、さすがにひとかどの人物である。
「いえ、もともと僕がドジを踏まなければよかっただけだし」
「そうそう、すべての原因はこの愚弟にあるのですから、気にしないでください。」
「・・・ひどいよ、セツナ」
そんな微笑ましい兄弟のやり取りがある中、ゲインは話を続けた。
「さて今後のことだが、ラル、どうするつもりだ?」
「・・・シュンが仲間になって戦力が上がったのは間違いないですが、それでも八創士と渡り合うのは難しいと思っています。・・・やはり聖地に行って精霊王の試練を受けたいと思います。」
「うわ、やっぱり八創士ってすごいんだ。」
「すごいなんてものじゃないわよ。さすがに生きながら‘伝説’と呼ばれるだけはあるわ。」
八創士‘天のスライ’と一行の中で唯一戦っていないシュンにそのすごさを講釈する姉のセツナ。
その兄弟の話している内容が耳に入ると、ラルはこれから戦うであろう人物たちの強さを再認識せざるを得なかった。
「・・・ふむ、賢明だな。それで頼みというわけではないのだが、」
ゲインは子供たちの方を見渡すと、言葉を続けた。
「どうも今聞いた話と見た感じからするに、ここにある‘風の聖地’の試練を受けるにふさわしいのはセツナとシュンの二人のようだ。保護者同然であるお前はともかく、セイカとキセイが行っても無駄足だぞ。」
「え~、僕も行きたい」
「遊びに行くんじゃないんだから・・・」
不満そうなキセイに叱咤するセイカ。ゲインはその様子を一瞥すると、
「そこでだ、タリアの容態のこともあるので回復が使えるセイカとキセイにはここに残ってもらって、聖地にはお前たち3人で行ってもらえないか?」
「3人で、ですか?」
「うむ。試練を受けないものがあまりぞろぞろ行くのは、‘聖地の番人’といわれる立場としても本位ではないのでな。・・・頼めないか?」
セイカとキセイは了承した。
「そういうことなら、私は構いませんよ。」
「そっか、タリアお姉ちゃんがまた悪くなるかもしれないんだ。だったら僕もいいよ。」
「二人がそういうなら。・・・わかりました。‘風の聖地’には俺とセツナ、シュンの3人で行きます。」
「うむ、すまないな。聖地には二人の飛行魔法を使えばすぐだろう。今晩はここに泊まって明日にでも行くといい。」
「いいのですか?」
「構わない。部屋は余っているし、何よりお前たちは言わば恩人だ。むしろ俺のほうから頼まなければいかんだろう?」
ゲインは軽くおどける。
「・・・ありがとうございます、ゲインおじさん。お世話になります。」
「ゲイン様、一晩お世話になります!!」
「お世話になります。」
「おじさん、お世話になります。」
「お世話になります。」
ラルに続いて頭を下げる子供たち。続いてラルが確認する。
「セツナ、シュン。いよいよ明日 ‘風の聖地’だが、いけるか?
すぐにセツナとシュンから元気のよい答えが返ってくる。
「もちろん!一眠りすれば全然OKです!!」
「僕も大丈夫です!」
「では今日はもう休むといい。部屋だが」
すると話の途中不意に、
グ~~~
・・・というお腹の音が、子供たちの方から聞こえてきた。
「・・・の前に何か食べないとな。気付かず、すまない。」
苦笑しながら食事を作りに行くゲインの方を、一同はかしこまって見ることしかできなかった。
・・・食事後、子供たちがすぐに寝入ってしまったのは言うまでもない・・・
―ゲインの館、深夜―
「・・・う、・・ん?」
「・・すまない、起こしたようだな。」
目を開ける。何度も見ている天井。どうやら私の部屋のようだ。
「・・・私、助かったの・・・?」
「ああ、あの子供たちに感謝してやってくれ。」
「そうなの。 ・・・って、」
会話が成立している。・・ということは、
「ら、ラル!?なんで!!? つっ!!!」
自分の部屋に幼馴染がいることに驚き、ベッドで上半身を上げようとしたが、右肩に激痛が走りそれはできなかった。
「無理するな。まだ起き上がれる体じゃないんだぞ・・」
「・・・そうみたいね。」
仕方なく顔だけを声の方向に向けると、確かにそこには幼馴染のラルの姿があった。
「ラルが助けてくれたの?」
「・・・まあ、活躍したのは子供たちだが、一応、そうなるかな?」
言われてタリアは思い出した。ラルと一緒に来て光魔法で合図を送った男の子と、屋外の空中から強力な風魔法で敵を一掃して降りてきた二人の女の子、そして、
「!! そうだ、あの人質の子は!?」
「大丈夫だ。保護して、今この館に厄介になっている。怪我もほとんど無い。」
実際の事情は少々異なるが、ラルはあえて今は言わないようにした。
「・・・そう、よかった。」
タリアは安堵すると、再びラルのほうを見た。それもじっと・・・
「・・・・・」
「な、なんだ・・?」
その視線が妙に恥ずかしく感じ、思わずラルは問いかけた。
「!! え、えと、・・そ、そういえば、まだちゃんと再会の挨拶してなかったなって。」
「・・・そういえばそうだな。 ひさしぶり。」
「・・・ひさしぶり。もう10何年も会ってなかったのよね。」
「・・。ああ、今のあの子達くらいから会ってないから、もう15年はたつんだよな。 ・・・よく俺がわかったな?」
「それは・・・ 一緒にいた男の子が名前を呼んでたし・・」
その言葉は半分嘘であった。
彼女には、すぐに誰だかわかっていた。
「! ・・・ねえ、今思って、でもそんなこと無いと信じたいんだけど!」
何を思いついたのか、突然タリアは戸惑った表情をしたかと思えば次の瞬間首を振り、さらにまさしく信じるような視線でラルの方を見た。
その動作が、ラルには妙に面白く感じる。
「・・・おかしな奴だな。俺に聞きたいことがあったら構わないから聞いてみろ。」
「・・・うん。 ・・変なこと聞いてるかもしれないけど・・」
意を決したようにラルに問いかける様はどうしても面白い。
・・・だからかもしれないが、次の
「・・あの子達の誰かが、ラルの子供ってこと、無い、よね?・・・・・」
と言う言葉にはまさしく脱力してしまった・・・
― 閑話休題 ―
「・・・というわけで、明日は二人と一緒に‘風の聖地’に行ってくる。」
大きな勘違い ―というより思考の暴走― の訂正もかね、ラルが旅立ってから子供たちと会い‘伝説の八創士’の一人と戦ってからタリアと再会、今に到るまでを簡単に説明し、今の言葉で締めくくった。
いまだ重傷者と言える彼女に対し、あまり長い時間話すべきでないとも思ったが、彼女のほうも聞きたがったので結局こうなった。
・・ラル自身も最後まで話したいという気持ちがどこかにあったのも事実だが・・・
「・・なんていうか、とんでもない子たちよね。‘聖地’の試練はかなり厳しいって聞くけど」
「あの子達ならできると信じている。・・・というより‘あの人たち’は全員これを突破しているんだ。言い方は悪いが、・・できなければ勝負にならない・・・」
だが受けるのは自分ではない。人には才能も含めて向き不向きがあるとはいえ、それでもまだ幼い子供たちに頼るのはしのびない。
「・・ねえ、本当に‘八創士’の方たちが原因なの? だとしたらどうして?」
「・・・それも明日聞いてくる。‘精霊王’ならきっと何か知っているはずだ。」
「・・そう、きっとそうよね。・・・あの、もう一つだけいい?」
「構わない。何?」
「・・おじ様、レイルおじ様は何か言っていた?」
「・・・・・・」
重い空気が流れる。歯がゆいようにラルは答える。
「父さ、・・親父はこう言っていた。「俺では‘八創士’には勝てない。だから自分の町だけ守る。」とな・・」
実際のニュアンスとは違うが、ラルにとってはこう言われた事と同じである。
「レイルおじ様がそんなことを?」
「ああ、・・・どこが‘北の英雄’なんだろうな・・・」
「・・・ラル・・・」
歯がゆそうにしている幼馴染に対し、タリアは何も言うことができなかった。
しばらくしてラルは、おもむろに立ち上がり部屋を去ろうとする。
「・・怪我人なのに長居してしまったな。すまない。」
「あ、ううん、それはいいから。」
「・・ゆっくり休んで。明日ここを出る前に顔くらいは出すかもしれないけど、休んでて構わないから。」
「ありがとう。・・・おやすみ。」
「ああ、おやすみ。」
ラルが部屋を出た後、タリアはベッドの中で考えていた。・・いろいろなことを。
ある程度考えがまとまり睡魔が襲ってきたのは、夜もかなり更けた頃であった。
― 翌朝 ―
「元気ぜんかーーーーい!!」
そんなセツナに実の弟から一言。
「・・恥ずかしいから辞めて、セツナ・・」
「ムッ、弟のくせにしばらく会ってないと生意気。」
そんな姉が無造作に放った‘風球’を、弟が慌てて魔力を込めた両手で相殺する。
「あ、危ないだろ!?こんなことで魔法を使わないでよ!」
「う~ん、今日も絶好調。昨日の疲れはもうないわね。若いってすばらしい!」
話をはぐらかすセツナとその弟のシュンを見ながらラルはこう思った
(・・この姉弟はいつもこうなのか? ・・こうなんだろうな・・・)
しかし突っ込むのもいまさらなので、何も無かったように振舞う。
・・・人間とは慣れる生き物なのだ・・・
「まあ、セツナもシュンも体調はいいようだな。食事が済んだらすぐに出るぞ。」
「は~い!」
「わかりました。」
「キセイ・・・は、なにか眠そうだな?・・セイカ、君なら大丈夫だと思うが、俺がいない間頼む。」
「ふぁ~~~っい・・・」
「・・わかりました。」
「それじゃあゲインおじさん、今日は二人をお願いします。」
「ああ。 ・・気をつけろよ。」
「・・・はい。」
今日のおのおのの行動を確認した後、ラルは早めに食事を終えタリアの様子を見に行く。
・・ラルが部屋を出た食卓では、こんな会話が繰り広げられていた。
「ほらキセイ、しゃきっとしなさい!」
「・・・眠いよ~。・・あんな狭いクローゼットの中で十分に眠れるわけ無いだろう・・・」
いったいどういうプレイか・・・
「あんたがゲームで負けたからでしょう?・・・後、ちょうどいい具合のクローゼットがあった自分の不運を恨みなさい。」
「・・考えようによっては、これ、いじめだよね・・」
「・・そうね。」
(・・・いや、考えずともいじめだろう・・・)
廊下にいて聞こえてしまったラルは、頭に手をやらずにはいられなかった。
コンコン。
「・・どうぞ。」
中から返事がしたので、ラルは遠慮なくタリアの部屋に入った。
「おはよう。・・起きてていいのか?」
「おはよう。・・・いやぁ、こんなに騒がしいと目が覚めるよ。」
言われてみれば、食卓の子供たちの喧騒がここまで聞こえていた。
「・・・そうだな。悪気は無いんで気を悪くしないでくれ。」
「はは、気にしないでよ。むしろ聞いてて、楽しいくらいだから。」
口上だけでなく、本当にそう思っているようにタリアは言った。
「‘聖地’、今から行くんだよね。・・・気をつけて。」
「・・・ああ。俺ができうる限りあの子達をバックアップしてくる。」
「・・あのさ、私あれから考えたんだけど、」
思い切ったようにタリアはラルに言った。
「レイルおじ様の本音は他にあったんじゃないのかな?・・ラルに任せたかったとか・・・」
「・・・・・」
ラル自身そういう考え、・・・期待が心のどこかにあったのも事実だ。
だがそれは、自分だけの都合のいい解釈のようで、あえて考えないようにラルはしてきた。
しかし、ラルは幼馴染に対し、こう答えた。
「・・・そう、だな。そうなのかもしれないな。」
「きっとそうよ!だからがんばらないと!」
いまだ怪我が痛むはずの身で自分を励ます幼馴染に、わざわざ反論しようはずも無い。
「そうだな。がんばらないとな。」
「うん!!」
そんな笑顔の幼馴染にラルは正直に礼を言う。
「そろそろ子供たちの準備もできるだろうから行くな。今日は無理をしないでくれ。・・ありがとう。」
「・・・うん。いってらっしゃい。」
「それじゃあ。」
なんとなく後ろ髪が引かれる思いで。ラルは部屋を後にした。
- ちなみに、ラルが戻る少し前の食卓にて -
「あ、それはそうとセツナ、お土産ヨロシクね。」
「・・シュン、ちょっとそこの窓開けて。」
「・・・はあ、わかったよ・・・」
あきらめたようにため息をつきながら、子どもが十分に通れるくらいの大きさの窓をシュンは開けた。
「・・・自業自得ね・・」
「え、なに?・・って、うわ!?」
気づくとキセイの体が宙に浮いていた。・・そこだけ見れば、全くのポルターガイスト現象。
「・・いまから命張ろうって女の子に、言うのはそれだけかーーー!!」
「なんでーーーー!!?」
宙を飛び、窓を抜け、やわらかい地面にヘッドスライディング。
本気で怒っているわけではないのだろう。
キセイの被害は、-呆れたことに- ほぼ皆無だ。
「イテテ。・・・魔法で投げること無いだろ!?」
「つまらないこと言った罰よ。」
「ひどいなあ、もう。・・って、また!?」
それはほんの一瞬。ちょうど巴投げを食らったようにキセイが一人で宙に浮き、背中から地面にまともに衝突していた。
続けてだったので対処できなかったのであろう。受身が取れた様子も無く、キセイは完全に伸びてしまっていた。
「・・セツナ、やりすぎだよ。」
「・・・えっと、私、・・・何もやってないんだけど・・・」
「えっ?」
「・・・ということは・・」
姉弟が残った可能性の人物のほうを見ると、その人物はちょうど向かってくるラルを見つけ、極上の作り笑顔で姉弟に対しこう言った。
「あ、ラルがきたようですね。それじゃあ、二人ともいってらっしゃい。がんばってくださいね。」
「あ、うん・・」
「あ、ありがと・・・」
そしてキセイの方を見向きもせず、セイカは屋敷に戻って行く。
「「・・・・・・・」」
流石の姉弟も、出発前、ゲインに「後のことをお願いします!」と結構真剣に訴えかけたのも無理は無い・・・
―‘風の聖地’付近の上空 ―
「・・・ものすごい気ね。」
「・・・うん、さすがにすごいや。」
「・・俺でも十分に感じとれるくらいのな・・」
出発当初は軽口のひとつもたたいていた姉弟が、さすがに真剣な表情である。
‘聖地’の正確な場所を知らないのが少々不安であったが、それは全くの杞憂だった。
魔法をほとんど使わないラルでも、間違いようの無いほど強い風の力を感じる。
「これが精霊王の力か・・・」
その時突然それは起こった。すさまじいとしか形容できない風が、聖地へ行くのを拒むかのように吹き荒れたのだ。
「きゃあああ!!」「くっ!!」「うわあ!?」
一瞬、すさまじい風に吹き飛ばされかけたがそこは並の姉弟ではない。
姉の方はすぐさま自分、そしてラルの体勢を整え、
「このくらいなら!!」
気合一線、まさしく風を‘裂く’ように前に飛行する。
片や、弟のほうは、
「よ、よ、・・今なら何とか。」
うまくバランスをとり、吹き荒れる風のわずかな間断の間を‘縫う’ように少しずつ前進する。
姉弟の性格がよく現れた飛行魔法の使い方であった。
しばらく進むと再び突然風がやんだ。第二波を懸念して警戒は解かない。
その時、3人にどこからともなく、-いや、聖地からであろう-声が聞こえた。
結構大きな声に感じるが3人にしか聞こえていないのであろう。魔法を使って語りかけているのがラルにもわかった。
『よ~し、まずは二人とも合格だ。もう何もしないからとっとと来やがれ!』
明らかに若い男と思われる声であった。さらに言えば少々柄が悪い。
「・・・えっと、この声って・・」
「・・精霊王、だろうな。」
『当たり前だろ!?ぐだぐだ言ってないで早く来い!時間がないんだろうが!!』
声に脅されるように3人の速度が上がる。・・姉弟の感想、
「あう~、イメージが~~~」
「・・なんか、いろんな意味で怖いんだけど・・・」
そんな二人にラルは、珍しく、心の底から同意した。
―‘風の聖地’―
「遅え!ほら、とっとと試練をはじめるぞ!!」
聖地の中心にたどりつくと、来る時聞いた声の印象に反しない、きっぷのいい兄ちゃんがいた。
いや、よく見なくとも、20を過ぎたラルよりも若く見える。
しかしそれは、外見だけであるのは疑いない。今この場にいるのは‘風の精霊王’のみのはずで、実際、彼から感じる魔力は圧倒的で計り知れない。
精霊王なだけに、見た目はいくらでも変えられるのだろう。そう考えたラルは失礼の無いよう言葉を選んで話しかけた。
「あ、あの、すいませんが精霊王様、試練の前に聞きたいことがいくつかあるのですが・・?」
「後にしろ。」
「・・・じゃあ、せめて試練の内容を教えてください。」
「俺の攻撃に耐えろ。以上。」
スパーーーーン!
・・・突然小気味のよい音が聖地に響いた。
音のした方―風の精霊王の方だ―を見ていると、後頭部をさすりながら恨めしそうに後ろを見る(外見は)少年と、その視線の方に綺麗な部類に入る顔立ちやスタイルの(これも外見は)少女が、いつの間にか立っているという構図があった。
少女の手には片足分のスリッパ。どうやらこれが先ほどの音源のようだ・・・
「・・・いきなり痛いだろ。」
「そんないい加減な説明で命張らせるほうがよっぽど痛いんじゃない?」
「俺は昔から説明とかが苦手なんだ!」
「それでも、省略していいものとそうでないものがあるでしょうが!」
そのまま妙に息の合った口喧嘩、俗に言う痴話喧嘩を始める(くどいようだが外見的には)少年と少女。
・・・ここは聞かねば先に進まないと感じたラルは(この中で一番大人な判断である)、仕方ないので尋ねることにした。
「あの~、すみませんが、」
「なんだ!?」「なに!?」
これまた同時にギロリとにらみつけられたラルだが、これまた必要だと感じたので(非常に仕方なく)問いかけを続ける。
「・・こちらの、‘聖地’に当たり前のように忽然と現れた方は、どなたでしょうか・・・?」
その問いに、はっとなった風の精霊王の方を面白そうに見た少女が、自ら自己紹介を始めた。
「はじめまして。‘大気の精霊王’と呼ばれている者です。」
「え?」「は?」「へ?」
「これからこの‘風の精霊王’(バカ)が言わなかったこともちゃんと説明するから、特に試練を受ける二人は、きちんと聞いてくださいね。」
「結局やることは一緒なんだから、別にあれで構わないだろ・・・」
ぼやく‘風の精霊王’に対し、再び‘大気の精霊王’から電光石火の一撃。
ズパカーーーーン!!
・・・今度の一撃は後頭部ではなく顔の正面、いわゆる鼻っ面だ。しかもいつの間にか獲物がハリセンに変わっていた。
さすがにたまらず地面にもんどりうつ‘風の精霊王’。
’大気の精霊王’はそれを見苦しいと思ったのか、―決して軽そうでない―とどめの蹴りの一撃を、横っ腹に加えるとあたりは静かになる。
(・・・綺麗な顔をして、恐ろしい人だ・・・)
戦慄する男衆、ラルとシュン。
それをよそに女衆は会話を始める。
「あの、説明の前に一つ質問いいですか?」
「ええ、どうぞ。」
(なんて度胸!さすがセツナだ!)
こんな風に幼児を称える20過ぎ男もどうかと思うが、この際、妥協範囲ということで。
「‘大気の精霊王’様がここにいるということは‘大気の聖地’は誰もいないんですよね?聖地を空けてていいんですか?」
「そっちか!」
思わず突っ込みを入れるラル。
だが、女性二人には聞こえなかったのだろう。一瞬の間をおき、
「・・・・・。ここと違って人がなかなか来難い所にあるから大丈夫なのよ。・・一応、周囲に人気の無いことは確認してきたし。」
(その間は何だ?一応って何だ!?)
「あ、そうだったんですか。さすがですね。」
「いや、根本的なところで何か違うような・・・」
(何なんだ、この会話の中身というか‘ずれ’は・・・!?)
そんなラルの心の叫びは、やはりどこにも届かない。不憫な主人公である。
「・・さておしゃべりはここまで。改めて‘試練’について説明します。」
「「!お願いします!!」」
突然真剣な表情になる‘大気の精霊王’。つられて姉弟、そしてラルも真剣な面持ちになる。
「試練の目的は、言うまでも無くセツナとシュンの魔力を上げること。・・・と言っても魔法の上手な使い方を教えるだけね、あなたたちの場合・・」
「上手な使い方?」
「あの、僕からも質問良いですか?」
「どうぞ。」
シュンがいまさらながら至極当然の質問をした。
「精霊王様たちは僕たちの名前や今おかれている状況を知っているみたいですが、どうしてですか?」
言われてラルもはっとする。確かにこちらからは何も伝えていない。
「それは、」「精霊王様だからに決まってるでしょ!」
セツナの一言であっさり片付けられた。つまりは、
「・・・“精霊王は全てを知っている”ということでいいんですか?」
「全てを知っているわけではありませんが、・・・この場はそうとってもらえて構いません。」
ラルは「おやっ?」と思った。謙遜、も無いわけではないが、それ以上に何か含んだ言い回しだからだ。
だが「知っている」以上、説明しなくて良いのは非常に助かると思うことにした。この場は問い詰める必要は無い。
「・・・わかりました。では「魔法の上手な使い方」についてお願いします。」
シュンもまた賢い子だ。ラルと同じ疑問と結論に達したのか、続きをお願いする。
「・・・その前に魔法の威力を上げる方法について、いくつか説明します。まずは‘聖獣’と契約しその主となること。」
「‘聖獣’、ですか?」
「ラルならば聞いたことありますよね?」
「はい。‘聖獣’はそれぞれの属性の精霊の中で最も力があり、精霊王の眷属とも言われる存在です。」
「眷属、とはちょっと違うように私は思っていますが、おおむねその通りですね。」
「その‘聖獣’と契約できれば、その属性の精霊の力を最大限に引き出すことができると言われています。・・ですが今は確か、」
「・はい。このエプリカの主な八属性、光、闇、火、水、天、地、風、大気の聖獣は、他でもない‘八創士’によって全て契約されています。」
「え?」
「ですからこの方法は現在不可能ですし、それを得た彼らと戦うのは非常に苦しいのです・・・」
「そうだったんだ・・・」
一瞬、重苦しい沈黙が流れる。精霊王は説明を続ける。
「その他として、魔力を上げるための‘ギアス’をかける方法があります。己に一種の制限-制約-をかけることで内に秘められた力を引き出す方法です。・・・ですが、これの効果が現れるのにはある程度の期間が要ります。」
「・・・私が判断するに、今のあなたたちが八創士と戦うまでに効果が現れるとはとても思えません。」
(・・・まぁ、例外はありますが・・・)
しかし精霊王はその言葉は胸の内に留める。・・ここで語ることではないからだ。
「・・・よって、あなた方には残った方法である「魔法のおのおの上手な使い方」を習得してもらいます。では、用意は良いですか?」
「用意といわれても何をすれば・・?」
「・・・何もしなくていい。」
声の方を見ると、いつの間にか回復していた‘風の精霊王’が立っていた。
ギャグみたいなやり取りがありはしても、今の表情は真剣そのものである。
「ただその場で集中しろ。魔力を練ろ。・・・それだけだ。」
「これから私がセツナ、彼がシュンを‘魔法で攻撃’します。下手をすれば、・・・命に関わりかねないその攻撃を克服してください。」
二人の精霊王があっけらかんと言った言葉に一同は戦慄した。
「・・・組み合わせは別にこれでなくても良いかもしれないけど、これが一番適当だと思うから・・」
「まあ、そうだな。一応感謝しとくわ。」
- などと表面上は軽い会話の中で、4人の魔力が急激に増大する。 -
- セツナ、シュン、そして二人の‘精霊王’ -
― こうして時間にして短く、当人たちにしては長い‘精霊王の試練’が始まった・・ ―
まずラルが気づいた変化はシュンの周囲に対してだった。
「ぐううう!」
‘風の聖地’に近づく際に突如発生した暴風、いや、それ以上の風がシュンの周囲に発生していた。
さらに今度の暴風は‘間断の隙間が無い’、しかも一定方向からではなく四方八方、あらゆる方向から時々刻々変化してシュンの小さな体を襲っていた。
「ぐうううううう!!!」
必死に防御の魔法で飛ばされないようにするシュン。・・それだけでもラルには驚異的に見えた。
次にラルがセツナの方を見るや不思議に思った。
(・・・まさかもう試練は終わったのか?)
そう、セツナの周りには‘何も起こっていなかった’のだ。
荒れ狂う風の真っ只中にいるシュンと対称的に、そこは静かだった。
しかしそこに‘目に見える’変化が現れた。・・・セツナが突然ひざをついたのだ。
(何故突然!?しかも息苦しそうに? ・・・‘大気の精霊王’。 ・・・まさか!!)
ここに至りラルはようやくセツナの周囲がむしろ‘静か過ぎる’ことに気づいた。
大気の流れがほとんど無い。・・つまり、‘呼吸がほとんどできない’ことに・・・
― 精霊王の試練は、まさに‘静と動’と呼ぶにふさわしい試練であった ―
「・・た、大気よ、風よ、動け!!」
「・・か、風の精霊よ。・・お願い、静まって・・・」
姉弟は必死に魔法を行使しようとする。・・・しかし、精霊はそれに応えない。
試練を受けている兄弟に限界が近づいていることは、傍から見るだけのラルにすら明らかにわかる。
その時、二人の精霊王は同時に叫んだ。
「そうじゃねえ!!」「やり方を変えなさい!!」
‘大気の精霊王’はセツナに、‘風の精霊王’はシュンにそれぞれ続ける。
「セツナ!精霊に命令するのではなく呼びかけなさい。願いなさい!!」
「シュン!お前もおとこだろ!!頼んでばかりじゃなく、たまには精霊に命じてみろ!!!」
「「!!!!!」」
それは全く逆の指示であった。・・・しかし、姉弟はそれを誠実に実行する。
「・・・大気の精霊よ、お願い。私の声を聞いて。私の周りに集まって!!」
「・・か、風の精霊よ!!僕の声を聞き、この嵐を吹き飛ばせ!!!」
精霊はその声に応えた!!
大気は、少女の周りで再び動き出した。何事も無かったかのように、少女はその場に立つ。
暴風は、少年から発せられた更なる暴風に相殺される。満身創痍ながら、少年はその場に立つ。
― 二人の兄弟が試練を乗り越えた瞬間であった ―
「よく試練を乗り越えました。セツナ、これであなたは本来のあなたの力を発揮できるでしょう。」
「ま~、合格だな。シュン、今の感じ、忘れるんじゃねえぞ。」
ラルはようやく、この試練の意図がわかった。
魔法を行使するということは、簡単に言えば精霊を動かすことだ。
だが、一重に精霊を動かすといっても、精霊に命じるのかお願いするのかといったやり方は人によって異なり、それぞれにあったやり方があるのだろう。
少女は、まあよく言えば、普段から元気がいいし、少年は少なくともその姉に比べればおとなしい性格だ。
そういった性格からか、セツナはどちらかといえば精霊に命じる形で、シュンはお願いする形でこれまで魔法を行使していたが、彼女らにあったスタイルは別にあったのだ。
精霊王はそのことを伝えたかったのだ。
「・・・言って教えるのは簡単だ。だがそれじゃあ、実感は沸かねえだろう。」
「私たちはそのやり方を、それも極限状態で教えることで、言葉以上に伝えたかったのです。」
・・・その言葉の意味を確実に実感した姉弟は大きく首を縦に振った。
― この瞬間、‘風と大気の試練’は終わりを告げた。 ―
しかし、ラルにはまだ聞きたいことがあった。
「・・精霊王様、まだ聞きたいことがあるのですが・・」
「ん?・・・言っとくが、確かにこいつらは強くなったが、‘八創士’に勝てる保証は無いぞ。何しろあいつらには‘聖獣’もついてるし、戦いの経験も豊富だからな。」
(まあ、「今回」、聖獣は呼ばねえだろうがな・・)
それもラルが聞きたいことではあったが、最も聞きたいことは、今回の件のさらに根本的なことだ。
「いえ、それも聞きたかったことですが、それより今回の原因は本当に‘八創士’が原因なのですか・・・?」
その問いに‘風の精霊王’は何を今更といった表情で見るが、‘大気の精霊王’はラルの気持ちを汲み取りこう答える。
「・・・今起こっている魔物の増殖、凶暴化の原因は紛れも無く‘闇の八創士’にあります。‘天の八創士’がそれに加担しているのも事実です。」
「何故?‘闇’は決して悪ではないはずです。ましてこの世界を救ったとされる人物たちが!?」
「・・・英雄が必ずしも正義であるわけではありません、とだけ答えておきましょう。」
「!!」
それはラルが以前に、ラルにとって最も近く、それでいて上の人物から聞いた言葉だ。
ラルが受けた衝撃を- 少なくとも表面上は -知らないように精霊王は続ける。
「・・・なんにせよ、あなたたちはあの者たちを止めねばなりません。そうしなければ被害は拡がるばかりなのです。・・・あなたの幼馴染を襲ったような外道がまた現れない、いえ、もうすでに現れていないという保証も無いのですから。」
「「「!!!」」」
そしてラルは、― なんとなく無駄とは思ったが、― 最後の質問をする。
「これで最後です。・・あなた方は何もしないのですか・・・?」
その問いかけにセツナ、シュンの姉弟も精霊王たちの方を見つめた。しかし、
「「・・・・・・・」」
ラルが思っていたように、期待していなかったように、二人の精霊王からの答えは無かった。
「・・・話は以上です。試練、ありがとうございました。セツナ、頼む。」
「あ、はい・・・」
気まずい雰囲気の中、セツナとシュンはより自分のものとした魔法を行使する。
「・・・では、失礼します。」
「・・・理由がある。」
この場を離れようとした刹那、‘風の精霊王’がつぶやいた。‘大気の精霊王’が続ける。
「・・・‘闇’がこうなったこと、‘天の八創士’が‘闇’に加担すること、そして言い訳に聞こえるでしょうが、‘私たち’が動かないことには全て理由があります。」
「その理由こそ、知りたいのです!」
ラルの切実な叫びに、答えとならない答えが返る。
「・・いわば‘代償’と‘行程’だな・・・」
「‘代償’と‘行程’・・・?」
しかし、精霊王たちはこれ以上答えることはしない。
「・・さあ、いきなさい。そして‘闇’を止めるのです。」
「精霊王様!!」
突如すさまじい風が吹き荒れたように感じた。そして次の瞬間には、
「あ、あれ?・・・いつの間にこんなとこまで?」
‘風の聖地’、嵐の壁のさらに外側に3人はいた。
(‘代償’と‘行程’?どういう意味だ・・?)
しかしもう‘風の聖地’には入れないだろうと直感したラルは、姉弟にゲインの館に帰る旨を伝えた。
― ゲインの館、・・上空・・・ ―
「あ~れ~~~~・・・・・」
館の方から聞こえた声、というか叫び、のするほうを見る・・・までもなく、
館にいるのはゲインおじさんとタリア、そしてセイカとキセイだったよな、といったことを考える
・・・必要も無いほど、
宙を舞っている人物は、キセイに他ならなかった。
帰ったばかりの3人の感想は以下の通り。
「・・いや、想像しなかった訳ではないけどな・・・」
「お~、これまた盛大にやってるわね~」
「とりあえず、・・・まだ生きてるみたいで安心した・・・」
幾分不穏な感想もあったが、この際気にしない。ラルを地に降ろした姉弟は、そのまま‘遊び’に加わる。
「さって、新しいやり方を、もうちょっと訓練しようっと」
「・・なんだかいろいろ間違ってる気もするけど、キセイなら大丈夫かな? ・・・ゴメン!!」
・・・何が訓練で何がゴメンか。
ともあれ宙を舞う少年はさらに二度、別方向からの衝撃を受けることになる。
その威力はこれまで受けた中でも大きいものだ。
「わひゃーーーー!!?」
「くぉあぇ~~~~~~!!!??」
・・・もはや何語を言っているのかわからない少年に、ラルは思わず合掌した。
「・・・いったい何経だ、おまえは?」
(そんな風に突っ込めるおじさんも何者ですか?)
そんなお互いのキャラが変わったやり方は、瞬時にやめることにする。
「ただいま戻りました。」
「ご苦労だったな。・・どうやら成果はあったようだな。」
ゲインが上空にいる姉弟を見ながらつぶやいた。
「・・・はい。あの子達は自分に最もあったやり方を覚えることでさらに魔法を行使できるようになりました。・・・しかし、あの人たちには‘聖獣’、そして数多い大きな戦闘経験がある・・・」
次にでかかった言葉をラルはあえて押さえこんだ。だが、ゲインの人生経験は、ラルのその様子を見逃したりはしない。
「・・・何か聞きたいことがあるんじゃないか?」
「いえ、」
聞きたいことはある。しかし、
「おじさんは知らないか、・・もしくは知っていても答えられないことなのだと思います。・・ただ困らせるだけのようなので、聞きません。」
「・・・・・」
その沈黙は‘風の聖地’でのそれと同じであった。「やはり」とラルは思う。
「・・・何といわれた?」
「・・今回の件は‘代償’と‘行程’、なのだと・・・」
「なるほどな。」
沈黙は続いた。破ったのは人生経験が豊富な方だ。
「・・・だが、やるべきことは決まっているのだろう?」
「・・ええ。‘闇’を止めます。その途中に例え再び‘天’が現れようとも・・」
「・・そうか。」
血の繋がらない叔父と甥は、上空の子供たちを見ながら会話を締めくくる。
「・・・今日いっぱいゆっくりしていくといい。明日から新たな戦いの始まりだ。」
「はい、ありがとうございます・・。」
そう言って二人の大人は館内に入る。
最後にラルはもう一度、上空の子供たちを見上げながらこうつぶやいた。
「・・・いじめじゃないよな?そうだよな??・・・いや、考えまい・・・・・」
・・・最後くらいシリアスに決められないものか・・・・・
「ひゃをえふぎゃぁーーーーーー!!!??」
― その頃、‘風の聖地’ ―
「さって、ついにこれから決戦だな・・」
「そうね。・・・でもきっと大丈夫だって、あなたも思ってるんでしょう?」
大気の精霊王が、やや意地悪な表情で、風の精霊王の方を見やる。
ちなみに普段、彼女はこういった表情はめったにしないことに、本人らはあまり気づいていない。
風の精霊王も、なんとなく決まりが悪そうにこう切り替えした。
「まあ、そうでないと困るしな。・・・で、結局お前は何しに来たんだ?」
「・・・単なる暇つぶしって言ったでしょ。そりゃ、どっかの‘役立たず’をフォローするって言う立派な理由もあるけどね。」
「‘役立たず’ってのはいったい誰のことだ!?」
「そんなの自分の胸に聞けばわかるでしょ!?」
とたんに口喧嘩モードに突入する二人の精霊王。この口喧嘩、いわゆる痴話喧嘩は、二人の長年とっているライフスタイルのようなものだ。
・・そのことを知っている人物の大抵は、戸惑うというより呆れてこのように言うものだ。
「・・・相変わらず仲がいいな、お前たちは・・・」
「「どこが!!?」」
こんなところまで息がぴったりなのに、訪問者はもはや苦笑する他無い。
再び口喧嘩を始めようとする二人の精霊王は、ふと我に帰る。
「「え?」」
二人同時に声がした方を向き、その視線の先に意外な人物がいることに精霊王たちは揃って仰天せずにはいられなかった。
「・・・な、なんで?」
「・・・お、おまえは!?」
その訪問者は、色々な感情が混じった笑みを浮かべていた。
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