第2章 邂逅 ~伝説の力~
「・・・そろそろか。」
周りを木々に囲まれた、要するに森。・・・人の気配は感じられない。
しかし、今はそこに二つの人影があった。・・・その背丈は大人と子供ほどに違う。
「・・・では、いきますね。」
「・・・わかりました。」
その会話を最後に、影の一つはその場を離れる。
「・・・もうすぐ、いえ、やっと?」
身体が震えている。
でも、当然だよね?
それを止めれる道理も、理由も、私の中には存在なんてしないのだから・・・
「あれが‘精霊の森’ですか!?」
先頭を歩くセツナが、後ろを振り返って元気な声で言った。
「ああ、そうだ。」
「うわ、普通に森・・だ!?」
すべて言い終わる前に、キセイはたじろいでいた。・・・セツナに睨まれたからだ。
「・・な、なに?」
「ここは‘精霊の森’って言われてるところよ!普通の森なわけないでしょう!!」
・・普段、派手な行動のわりに、なんというか律儀な考え方。セツナにはそんなところがあると最近気づいた。だが、
「・・・すまないがセツナ。確かにここの名前はそれっぽいが、ただの森だ。精霊や伝説に関わるものは無いし、むろん‘聖地’でもないが・・・」
「・・・え?」
「・・知らずに行くと言っていたんだな?」
「・・・・・」
「・・・・・・・」
気まずい沈黙。
・・それは時間としては短いだろうが、当人たちにとっては長く感じるもの・・
それを破ったのは、他でもないセツナ本人。
「い、いえ、そ、そう、確かにこの森は普通の森かもしれないですけど、私たちにとっては重要な何かがあるんですよ・・・きっと・・・」
「その根拠は?」
「え・・と、・・・‘女の勘’・・かな・・・?」
(・・いつぞやキセイが(おそらくは素で)ボケた言葉を使ったぞ・・・)
脱力せずにはいられないラル。
形勢不利なのを感じたセツナは、「あ~、やっぱりそうなんだ。」とかほざいているキセイの首根っこを掴むと、
「・・・と言うわけで、こいつと先に行ってきます。ラル様は後からゆっくり来て下さい!」
などとのたまい、口に手を当てて「おほほ」と笑いながら森の中に入っていった。
・・・「グエ・・」と苦しそうな表情のキセイを引きずる形で・・・
「・・・結局、寄ることになるのか・・・」
残されたラルは、無意識に額に手をやっていた。
― こうしてラル、セツナ、キセイの3人は、精霊の森に立ち入ることとなった ―
― そこに待ち受ける邂逅を知る由も無く・・・ ―
「どこまで行ったんだ?・・セツナー!キセイーー!」
先に入った2人を捜しながら歩を進めるラル。
・・・子供二人だけで森を歩かせるという行為は、保護者役としては好ましくないかもしれない。が、ラルは特に心配していなかった。
今のところ魔物の気配は感じられない―仮にいたとしてもあの2人なら問題ないであろう―し、もし道に迷ったとしてもセツナあたりが適当-それでも十分強力-な魔法を一発上空にでも放てば、後から来ているであろうラルに居場所を知らせられる。
そのくらいの機転は利くと思えるくらい、ラルは2人の子供を評価していた。
「・・・・・で、こいつは結局役に立たなかったわけよ。」
「そんな~、僕なりにがんばったのに・・・」
「・・クスクスクス・・」
・・・といったセツナ、キセイら3人の話し声が探していたラルの耳に届く。
「ん?・・・3人?」
はたと立ち止まり、少し首をかしげるラル。
「・・・まさか・・・」
一つの結論に達し、思わず声のほうに駆け寄るラル。
・・・たどり着いた先は、森が開けたちょっとした広場といったところ。
そこには最近会って一緒に旅をすることになった2人の子供と、-これまた同じくらいな年恰好の髪の長い女の子-が楽しそうに話している様子が・・
3人はラルの到着に気づくや、
「あ、ラル様。・・どうしたんです、そんな顔して?」
「ホントだ。・・・どしたの?」
「・・・はじめまして。」
などと不思議がったり、当惑したり、困惑しながらも礼儀正しく挨拶をする。・・そんな子供たちの姿を見ながら、
「・・・一人、増えてるし・・・・・」
と、思わずうなだれてしまうラルであった。
「えと・・・改めて、はじめまして。セイカといいます。よろしくお願いします。」
なんとか気を取り直したところで、新顔の髪の長い女の子― セイカ ―に自己紹介してもらう。
「・・・で、どういうことなんだ、セツナ?」
我知らずジト目となってセツナのほうを見るラル。・・その視線の意味をなんとなく感じたセツナは、
「うあっ・・・ひどいですラル様。セイカと最初に会ったのはキセイなのに。」
「・・・キセイ?」
ジト目を今度はキセイのほうに向ける。・・だが、キセイはその視線の意味を全く考えず、
「うん!セイカはすごい魔法を使えるんだよ!!」
「・・・それほどでも・・・」
少し照れるようにセイカ。そんな子供たちの様子を見ながら思わず考えてしまう。
(・・・最近の子供たちは、みんな魔法が使えるのか?)
「・・・最近の子供たちは、みんな魔法が使えるのかな?」
自分が考えてるのと、語尾こそ違うものの偶然ながら全く同じ声がどこかから聞こえた。
「そうそう、そんな感じ・・・!って、誰だ!!?」
「ラル様!あっちです!!」
あまりのタイミングのよさから来るノリ突込みから一転、ラル達はセツナが示したほうを見る。
するとそこには、いつの間にやら弓を肩に担いだ人物が何気なさそうに立っていた。
様子を一目見ただけで、ラルは戦慄を感じた。
(・・・全く気配を感じなかった。・・かなり、できる・・・)
敵か味方かは全くわからないが、とにかくかなりの実力者の出現に、ラルの戦士としての本能が、剣の柄に手をやらせる。
そしてセツナも感じたのであろう、いつになく真剣な表情ですぐにでも魔法を唱えられる体勢を取る。
緊迫した雰囲気がラルとセツナ・・そして謎の人物との間に自然と起こる。・・のを他所に、
「あれ?お兄ちゃん、だれ・・・?」
「・・・すいません、どちら様でしょう?」
という、なんとも雰囲気に合わないキセイと新顔のセイカの言葉に、唖然とするラルとセツナ。
そしてそれと相対する謎の人物も、若干苦笑していたように見えた。
・・・しかし、その静寂も時間にして数秒。
苦笑していた謎の人物は、気を取り直すと担いでいた弓を構え、矢をつがえ、おもむろにラルめがけて放った。
「なっ!?」
ビュン! ガキン!!
恐ろしい速さで迫ってくる矢を、とっさに剣ではじくラル。
その威力はすさまじく、はじいた剣を持つ右手が瞬間的に痺れる。
・・・もしもとっさの判断ができなければ重傷か、悪ければ致命傷になるような一矢。にもかかわらず、放った相手は何気ない一言で片付ける。
「お見事。」
「!・・何のつもりだ!!?」
「・・・・・・わからないではないだろう?続けていくぞ。」
言葉が終わるか終わらないかのうちに矢をつがえ、またもまるで何事もないかのようにラルめがけ放つ。
これも一見、適当な動作で放ったとは思えない威力と精度。だが、今度は横からの突風で矢はあらぬ方向へ流される。
突風が起こった方向を見るまでも無く、強敵に対して視線を外さぬまま、ラルは礼を言う。
「セツナか。助かる。」
「・・・いえ。・・・キセイ!一気にいくわよ!!」
「う、うん・・・」
相手からの問答無用の攻撃に少し動揺したのか、キセイの返事は鈍い。
それでも、セツナとともに魔法詠唱の姿勢にはいる。
「・・・ふむ、なかなかの魔力だ。では次は、魔法勝負といこうか。」
短く魔法を唱えると、敵の周囲に魔法の防御壁が発生する。
「・・・さあ、こっちは魔法を出したぞ。遠慮しないで撃って来い。」
相手が子供2人だからか、余裕の姿勢を見せる敵。
しかし、相手が強いのは確かだ。・・・こちらを甘く見ているうちに一気に倒したい。
小声で2人の子供に話しかける。
「・・・セツナ、キセイ。一気に決めるぞ。」
「はい。」
「うん。」
俺がとっさに思いついた作戦を二人に告げる。
「相手は強力な防御壁を全体に張ってはいるが、攻撃が来た瞬間はその方向に威力を集中するものだ。・・程度の差はあれな・・」
「・・・なるほど。」
「ふうん?」
少しは理解できている様子のセツナと、全く理解できていない様子のキセイで返事の違いはあったが、ここは気にしない。
「・・・やることは簡単だ。俺たちの中で一番強力な魔法が撃てるのはセツナだ。俺とキセイは、それが一番効率よく相手に与えられるよう援護する。」
「具体的には、キセイは相手の右側から魔法で攻撃。それと同時に俺は相手の左側から剣で仕掛ける。それから一呼吸置いてセツナが全力で魔法を放てばいい。」
「こうすれば相手の注意が少しでも左右に分かれた時点で、セツナの攻撃を喰らわせられるはずだ。」
「え・・でも・・」
珍しくセツナが俺に意見する
「どうした、セツナ?」
「・・・それだと遠くから魔法をかけるキセイはともかく、剣で攻撃するラル様まで攻撃しちゃうのでは?」
「・・・それはおそらく大丈夫だ。おかしな話だが、あれほどの実力者なら俺とキセイの攻撃はまず完全に防御されるだろう。キセイの魔法は完全に防がれ、俺の攻撃も、おそらくはじかれる。俺の攻撃が強ければ強いほど盛大に、な」
「あ・・・」
「・・・・・相手がとてつもなく強いと思えるから取れる作戦だ。頼むぞ。」
「はい!」
「作戦は決まったかな?」
何も仕掛けず、ただ様子を見ていた敵が余裕の表情で言った。
・・・まさしくその瞬間、俺たちは行動を開始する。
「行くぞ!!!」
「はい!」
「うん!」
―勝負は一瞬!―
作戦通り、キセイは相手の右そしてラルは左側に駆ける。
「・・・ふむ、なるほど。」
「いまだ!キセイ!!」
「いっけーーー!!!」
以前、鳥の魔物に放ったのの約倍近く大きな水の球。
・・・だが相手は右手、いや、それすらかざす必要も無く防御壁にあたり霧散、消滅する。
「ふっ!!!」
そこに全身全霊を懸けたラルの一撃!さすがにこの攻撃には左手で防御魔法に力を加える。
「・・・くっ、なかなか・・」
魔法の防御壁とラルの剣が拮抗した瞬間が、ほんの一瞬だけ、ありはしたが、すさまじい勢いではじき返されるラル。
つまり、
(・・・作戦通りだ。頼むぞセツナ)
「うあああああーーーー!!!」
「なに!?」
グォオオオオオオオーーーーー!!!!
紛れも無く、全力-少なくとも以前、鳥の魔物20体以上を一撃でしとめたとき以上は確実にある-セツナの風・・・いや、竜巻級の魔法が一人の敵に襲い掛かる!!
「っ!!!」
すかさず両手で防御壁に力を込めるが、すでにその時にはわずかながら防御壁に亀裂。
それはまるで、一度キズが入った壁を、一生懸命補強して台風に耐えているようなもの。
・・完全とは微妙に、しかし大きく遠い。
「くぅあああああ!!」
ズギャン!!!!
-・・・静寂が訪れた-
―どのような結果であろうと、これでこの勝負は終わりだ―
―そしてその結果は・・・―
「・・・なん、だと・・・?」
「・・・・・え?」
「・・・あ、あ、あ、・・・・・」
「・・・・・・・」
―相手はさすがに無傷ではいられなかった―
―だが、無傷ではないだけで、―
―その人物は複数のかすり傷程度で、その場に立っていた―
「ふう・・・思ったより危なかったな。さすがにこの弓は耐えられなかったか。」
折れた弓を残念そうに見て、なんでもないかの表情でパンパンと服についた埃を払う。
・・どうやら、受けた傷自体もそれほどではなかったらしい・・・信じがたいことに・・・
「・・・でも、無傷ではなかったのだから、もう一度やれば・・」
「・・・ふむ、確かにあれをもう一度やられたら、結構やばいかもね。」
「!!」
いつの間にかラルの呟きが聞こえるくらい近くに相手はいた。・・・スピード、体力もほとんど落ちてないということか・・・
はじかれた際のダメージを残しながらも、ラルは飛び退り、距離をとる。
「・・・というわけで、次はこちらの番、かな?」
そういうと相手は魔力を込めた右手を軽く横に振りかざした。
(!!まずい!!!)
目を瞑り腕を前に交差し、やがて来るであろう、攻撃魔法に備える。
それはもはや‘備える’ではなく、本能のそれであった・・
だが、
「・・・魔法が、来ない?」
いつまで経っても、自分や周囲に対して何の変化も無いことかえって戸惑うラル。すると、
「い、一瞬で回復・・?」
「・・・なに?」
セツナの呆然とした声が聞こえ、意味がわからず目を開けると、傷が全くない人物の姿があった。
「・・・あ、あれだけの傷をなにげなく・・?」
「何を驚く必要がある?」
その人物は前髪をかきあげて続ける。
「回復魔法が使えるなら、傷ついた場合、回復する。理にかなっているだろう?」
「・・・・・・」
何も言えずにいるラルたちを見やると、フッとした仕草で、
「さて、勝負はついたかな・・・?」
「・・・・・くっ・・・」
(こんなところでやられるわけにはいかない。・・・弓を持っていない今、持久戦に持っていって何とか魔力を使い切らせれば・・・)
(・・・防御と回復でこれほどの実力なんだ、攻撃のほうはそれほどでもないかもしれない・・・)
何とか突破口を見出そうとするラル。
・・・そして子供たちの表情にも、怯えのそれはあっても、諦めのそれは無い。
「・・・ふむ、諦めないか。 まぁ、その位でなければ困るがな・・・」
「なに?」
妙なことを言う。・・・だが、相手は取り合おうとせず、
「だが、今の実力では私には勝てないぞ。・・・不得手な防御と回復魔法にこれほど翻弄されるようではな。」
「!?」
「・・・え?」
「・・・う、うそ・・・」
「・・・・・」
「・・・面白いものを見せよう。」
折れた弓を地面に置き、何かを唱える。
・・・するとその者の手に、新たな弓と矢が出現する。
「・・・な!?」
「物質具現化の魔法・・・武具や魔法を限りなく極めたものができる最高等魔法の一つ、だな。」
突如現れた弓に矢をつがえ、適当な方向に何気なく放つ。
ズガーーーン!!
目にも留まらぬ速さで放たれた矢は地面を穿ち、次いで消滅する。
「・・なんて威力だ・・」
「・・・とんでもない・・」
「・・・・めちゃくちゃ、だよ・・・」
「・・・全く・・・」
4者4様の表現だが、ラルを含む全員が驚愕する。
「そして、一本一本にこれほどの威力はないが、こんなこともできる。」
目を瞑り、右手を軽く上げる敵。
・・・ラルたち一行の周りに魔法の矢が突如出現する。その数は二桁に及ぶか。
「な!・・まさか!!」
コクリとうなづき、目を開けて手を下ろす。
「まずい!!」「シ、シールド!!」「・・まずいよ!!」「・・・くっ!!」
宙に浮かんだ10数本の矢は一斉に、意思を持ったように、ラルたち一行に襲い掛かった。
パシィーーーィィ ズガン!!!!
一本一本にわずかなタイムラグがあるとはいえ、それはあまりに短く、
かつ数が多いため、それはつながった音となる。
そして最後は鈍い衝撃音。
・・・その後には・・・
「・・・こんなところかな」
「く、くそ・・・」
「あうう・・」
「うう・・・」
「・・・・・・・」
満身創痍のラル達4人の姿
・・・もはや立ち上がることもままならない4人を見届けると、謎の人物は折れた弓を拾い、その場から立ち去ろうとする。
「・・・み、見逃すのか・・・」
ラルの声に立ち止まる。振り返ると信じられない言葉を告げた。
「最初から小手調べだ。命をとる気は無い。」
「・・なん、だと・・・?」
愕然とするラルを他所に、再び立ち去ろうとする。
・・・だが、ふと歩を止めると、
「・・・そういえば、自己紹介がまだだったな、ラル。」
「!!」
「私の名はスライ。八創士の一人、‘天のスライ’と言ったほうがわかりやすいかな?」
「な!?」
自分たちが戦っていた相手が、もはや伝説の英雄と言える人物の一人・・そして、自分たちが目指す者の仲間だったとは・・・
「・・・言うまでも無いと思うが、お前たちが目指すあの男は、私よりもさらに強いぞ。・・・最低でも精霊王に認められるくらいの実力が無いと、なすすべもなく殺されるだろうな。」
「一体あなたは、あなたたちは何を!!?」
なんとか立ち上がり、叫ぶ様に問いかけるラル。・・そうせずにはいられなかった・・・
「・・・それを求めて旅をしているのだろう? ・・・私には答えられない。」
「・・・そんな・・・」
「・・さて、今度こそ行くか。 ・・・あ、そうそう、ラル。」
これまでほぼ無表情であった‘天のスライ’が、最後の最後に明らかに表情を変えて言った。
・・しかもその内容が「お願い」であったから、当惑せずに入られない
「・・・ひょっとしたら、子どもたち勘違いしてるかもしれないから、フォローお願いするよ。」
「・・・へ?」
しかしその英雄はすぐに表情を引き締めると、
「・・・では、次は容赦しない。」
そう告げると、その場から姿を消した。
敵がいなくなり緊張感がなくなったためか、ラルはその場に膝を着いた。
「・・くっ、情けない・・・」
「・・・えと、回復しますね。」
「え?」
見ると横でおどおどとした様子の髪の長い少女。
・・・確かセイカと言ったか。疲れ切った身体では、それを思い出すのも一苦労だ。
「・・・回復、できるのか?」
「は、はい、多少なら・・・」
「・・・じゃあ、先にキセイとセツナを頼む。あの2人のほうがたぶんダメージが大きい。」
「・・・キセイとセツナなら、大きな傷だけは先ほど何とかふさいでおきました。もう少し休んだら、動けるくらいにはなると思います。」
「なに?」
怪訝そうに2人のほうを見ると、セイカが言ったとおりだった。
いくらか細かな傷は残っているが、それほど苦しむ様子も無く2人とも横たわって休んでいた。
「・・・多少どころじゃないだろう、これは・・・」
「・・・え、なにか?」
つぶやきは聞こえなかったのだろう。ラルはセイカの方を見ると、
「・・・いや、すまない。俺のほうも治してもらえないか?しばらく休みたい。」
「はい!わかりました!」
セイカは急いで回復の魔法をかける。ラルの傷は見る見るふさがっていく。
(この子も、かなりの魔法の使い手だな。)
「・・・これだけ治れば、しばらく休めば大丈夫だ。ありがとう。」
「いえ、そんな・・」
「・・・セイカ、と呼んでいいのかな?は、休まなくていいかい?」
「は、はい!・・・私も少し休みたいです。」
「それならセイカも休むといい。・・もし万が一魔物が近づいても、気づけるくらいには回復したから・・・」
「・・・そうですね。ではお言葉に甘えて。」
そう言うと手ごろな樹に寄りかかり、たちまち寝息を立てる。
疲れていたのだろう・・・この少女も、かなりの魔法の使い手とはいえ、幼い子供に変わりは無い。
ラルも近くにあった手ごろな石に座ると、目を瞑り、魔物が近づけば気づけるくらいの睡眠に入る。
これは旅人として、戦士として、必須の能力だ。
そして考えることもあった。
(・・・‘精霊王の試練’か・・・)
しばらく休み、目を開けるとそろそろ夕暮れの時間であった。
(今夜はここで野営だな。準備をしなければ。)
よっ!と立ち上がると、痛みから一瞬顔をしかめるラル。だが、思っていたほどでは無い。
「・・・本当にたいしたものだ・」
「ラル、様?」
ラルを様付けで呼ぶのはセツナだけだ。
と思ったが、今そう呼んだのはもう一人の女の子、セイカのほうであった・・
問わずにはいられない。
「・・・えと、何故、様付け?」
「え?セツナがそう呼んでいたので。・・・ダメですか?」
「いや、呼びやすい言い方で構わないが・・・」
「では、私もラル様と呼ばせてもらいますね。」
「・・・まあ、それで呼びやすければ・・・」
・・この程度のことなら、もうそんなに気にはならない。
「ところで一体?・・・まさか魔物ですか?」
「いや、今日はここで夜営をしようと思ってね。そろそろ準備をしないと・・」
「手伝います!!」
間髪いれずの手伝いの申し出に、ややびっくりのラル。
「あ、ああ、よければお願いできるかな?」
「はい!」
そして、いまだ目を覚まさないキセイとセツナを置いて、-一応何かあったらすぐ駆けつけられるくらいの距離で-夜営の準備を2人でする。
何故だか楽しげなセイカ。
「楽しそうだな?」
「はい!夜営なんて初めてなもので。」
「・・・そうか・・・」
何か聞こうとしたが、何故か聞けなかった。言いにくい事情があるのだろうと思って・・・
「・・・強かったですね。八創士の一人、‘天のスライ’、でしたか・・・」
「・・・正直、あそこまでとは思わなかったよ・・・」
「セツナたちに聞きました。・・・今のままでは旅の目的は果たせませんね、おそらく。」
「そう、だな・・・」
全くその通りであり、ラルが休息中もずっと考えていたことである。
「とりあえずキセイとセツナ、特にセツナが起きてから話さないといけないな・・・って、ちょうど起きたみたいだな。」
「そうみたいですね。」
セツナが上体を起こしてあくびをしている様子が見えた。・・どうやら、傷のほうは大丈夫なようだ。
「ふぁ~~~~」
「すやすやすや」
あくびの音に呼応するかのように画にかいたような寝息。
「?・・・あふっ」
「すやすやすや」
寝ぼけ眼のセツナの視界に、楽しそうに安眠するキセイの姿。
がばっ!
「すやすやすや」
勢いよく立ち上がり、無言で眠っているキセイの方に近づくセツナ。
つかつかつか!
「すやすやすや」
キセイのところにたどり着くと、やはり無言で右手のこぶしを握るセツナ。
ぎゅっ!!
「う、ん、・・すやすやすや」
・・そして握った拳をおもむろに振り上げ、
「すやすやすや」
「・・・・・・・」
「いいかげん、起きろーーー!!」
ガツン!!
キセイの脳天に拳を地面とほぼ垂直に振り下ろす。・・・キセイから星が出るのをラルは見た。いや、おそらく形容でなしに・・・
「痛た!! ・・・いきなり何するの、セツナ!!?」
「うるさい!一番疲れていると思われる女の子より休む男がいるか!!」
「なんだよ、それ!?」
・・確かにわかるようで納得できないような理屈だったが、・・やはりこれも慣れた。
「・・・まぁともかく、二人とも完全に起きたようだな。食事しながらでも話すか。」
「・・・・・・」
いつものことのように二人に近づいていくラル。
・・・それとは対照的になかなか動けないでいるセイカ・・
(・・・まあ、仕方ないな。はじめてこれを見たら・・・)
・・しかしセイカの戸惑いの理由は、若干違ったところから来ている事にこの時のラルが気づくはずもない。
「・・・・・なによ、まったく・・・」
「・・・ついて来るというのか?」
「はい。」
「・・・理由は、何だ?」
「・・・・・」
うなだれて、セイカは途切れ途切れに言う。
「・・・行くあてが、ないんです。それ以上は、聞かないでください・・・」
「・・・・・」
しんみりとなる雰囲気。・・セツナとキセイも必死に弁護に入る。
「・・・ら、ラル様、私からもお願いします!セイカも連れて行ってください!!」
「僕からもお願い!!」
・・・予想したとおりだった。ため息をついて、ラルは言う。
「・・・誰が、ダメだといった?」
「え?」
驚いたように顔を上げる3人の子供たち。
「・・・傷を治してくれた恩人だしな。そうでなくても優秀な回復役はぜひとも欲しい。」
「・・・」
「まぁ、多数決でも負けるし、・・・そして何より、本人がそれを望んでいる。」
「あ・・・」
「これじゃあ、断る理由がどこにもないじゃないか。」
「あ、ありがとうございます!!」
飛び上がらんばかりに喜んで礼を言うセイカ。
「いや、こちらこそよろしく」
「良かったね、セイカ」
「うん♪」
喜び合う3人の子供たち。・・それを見ながらなんとなくラル。
(・・・いつのまにやら3人の子供の保護者。だいぶ年取った気になってきた・・・)
「これがいわゆる‘認知’ってやつだね・・」
「どこから!?」
「なんでよ!!?」
「意味不明・・・」
いつものキセイの‘素’ボケに間髪いれずの突っ込み。・・・しかもさりげなくセイカのが一番厳しかったりする・・・
・・・隅っこのほうで凹んでいるキセイを他所に、ラルはこれからの行き先について切り出す。
「セツナ」
「はい?」
「・・・‘精霊王の試練’を受けてみないか?」
「え?」
「・・・ここから南西の山地に‘風の聖地’がある、と聞いたことがある。そこで‘風の精霊王の試練’を超えられれば、先程のあの人・・・‘天のスライ’とまともに戦えるようになるかもしれない。」
「・・・・・・・」
「・・・‘精霊王の試練’は生半可ではない。・・・死ぬこともあると言われている。・・・だが、今のままでは‘天のスライ’や‘闇のターク’に話を聞くだけでもきついことがわかった。」
「・・・・・・・・・」
・・・さすがに重過ぎるのだろう。・・いつも前向きなセツナですら、こうしてなかなか返事ができないでいる。
「もちろん、無理にとは言わないが・・・」
「・・・今、なんていいました?」
「・・・・死ぬこともある、と言ったんだ。ここでこんな嘘はつきたくない。」
「いえ、その前です・・・」
「ん?・・・試練を超えられればさっきの‘天のスライ’ともまともに戦えるようになるかもしれない・・・か?」
「・・・さ、」
「?」
「さっきの人が八創士の一人だったんですか!?」
「あの時、聞いてなかったんかい!!?」
横から「あ、あの人が八創士って人なのか」といった呟きが聞こえたが、めんどくさくなるので割愛する。
・・・とりあえず浮かれるこのミーハー女の子を鎮めないと、話が進まない。
「そっか~、通りで強いはずよね。・・・ああ、サインもらっておけばよかった・・」
「さ、サイン?」
「・・・またか・・・」
深刻な話をしていたはずなのに、気づけばこのペース。・・・俺は頭を抱え込むと、とりあえず話を続ける
「で、その英雄が最後にこういったんだよ。「次にあった時は容赦なく殺す。‘精霊王の試練’でも受けて強くなれ」・・とな。」
「・・ラル様、それは暴力過ぎ・・・」
「いいんだ。ニュアンス的には合っている。」
(・・・というよりむしろ、こっちの方が正確なのかもな・・・)
言ってみてなんとなくそう思えた。それを聞いたセツナは、
「だったら迷うことはありません!‘精霊王の試練’を超えて、もっと強くなります!!」
「あ・・・・・」
「・・・・・」
・・このまま八創士と戦うことになれば死、試練を超えられなくても死。
だったら試練を超えて、八創士と戦えるようになるしかない。
単純な答え・・・だが、「逃げる」という考えが無いからこそできる答え。
「・・・強い子だ。」
「・・・・・」
だったら、俺はこの子達が死なないようにする。・・・単純な・・そして保護者役の大人として当然の答えをラルは心に誓う。
こうして、夜は更けていく・・・
-伝説の力は、やはり強かった-
―・・半端じゃなく強かった―
-だから少女は、‘精霊王の試練’を受ける決意をした-
―その先で思わぬ再会が待つことを、知る由も無く―
― ・・・で、おまけ ―
「ん~、それにしても‘天のスライ’様は、やっぱり強くてかっこよかった♪」
「・・・?ん・・・?」
「そうだよね。かっこよくてすごく強かったよね、あのおにいさん。」
「・・?んんん??」
なんとなく違和感。・・しかしそれが何なのかラルはわからな、
「・・ラル様、ラル様・・・」
そんなラルに近づき、小声で話すセイカ。
「そうそう、あのちょっとニヒルな感じがなかなか・・・」
「どうした、セイカ?」
「・・・スライ様が最後に言ったのは、このことではないかと・・・」
「・・最後?・・って、あーーー!!!」
突然の大声にびっくりするセイカ、キセイ・・そしてセツナ・・
「ど、どうしたんですか?ラル様・・・?」
「え~っと、君ら、たぶん勘違いしてる・・・」
「勘違い?」
「・・というと?」
「あ~・・・」
なんとなく言いづらい。・・‘天のスライ’が最後の最後で表情を崩した理由が、今になってわかった。
(・・・というか、意地が悪い・・・)
しかし一応いっとかねばなるまい。・・・まあ、たいした問題ではないかもしれないが・・
「八創士、‘天のスライ’は・・・女性だ・・・」
「・・・へ?」
「・・・え?・・」
「・・・・・(ため息)」
「・・・だからかっこいいとかいう表現はあまり・・・って、何故倒れる!!?」
・・・卒倒気味のキセイとセツナはうわ言で、
「・・・あんなにかっこいいのに~、女の人~、将来的にも~、かてね~」
「・・・・・理想の人と思ったのに女性~女性~ ・・私はレ○じゃないのに~」
と言っていたとか言ってないとか・・・
― 端から見ていた少女は、肩をすくめ、首を振りながら、こんな風に言っていたという ―
―「・・・ヤレヤレ・・・」―
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