第七十七話 光の記憶<中編>
私は瞳を開けた。
--ここは・・、どこ・・・?
ゆっくりと辺りを見回すと、光の聖域に足を踏み入れたかのような、どこまでも奥行きが続く空間が広がっていた。
どこを見ても一面が真っ白に光り輝いて
ふいに、そよ風が私の体を優しく撫であげると、身に
--ふふ、くすぐったい。
春のひだまりのようなささやかで優しい温もりを含んだ光と風が、どこからともなく花の香りを運んでくる。
私の目の前を見たこともない美しい蝶が、虹色の
遠くの方で微かな声がした。
『
--これは・・、母様の声・・。
「母様?」
『こっちよ。こっちにいらっしゃい。』
「母様?どこ・・?どこにいるの?」
真っ白な光の空間を母様の声の方へ歩みを進めようとすると、ふわふわとした真綿のような柔らかい感触が足裏に広がった。
私は前を向いて呼びかける。
「母様?どこにいるのですか?」
『こっちよ。』
私は懐かしい声のする方へふわふわと歩いていく。
一歩、また一歩と、足を踏み出す動作とともに、あの惨劇の夜から心の奥にずっと閉じ込めてきた想いが募っていく。
会いたい。
私は込み上げる胸のつかえを
それでも、抑えきれない母への恋しさが、自分の呼吸を浅くする。
何度も息を整え、必死に声のする方へ歩いていく。
強烈な思慕が期待となって膨らみ、それと同時に体が緊張して呼吸がさらに浅くなるのを自覚する。
四肢の動作はちぐはぐで、中々前に進むことができないけれど、懸命に足を運んでいくうちに、段々とぼんやりとした人影が見えてくる。
母様に、会いたい。
肩で呼吸をするかのように息が荒くなり、心拍が上がる。
私は息を詰まらせ、体が震えた。
そこにはあの頃と変わらない美しさのままの母様がいた。
黒曜石のように深く神秘的な瞳、薄紅色の上品な口元、玉のような美しい肌、長く綺麗な
けれど、恋しさが募り、上手く声が出せない。
私がその場に立ち尽くしていると、母様の隣に
ふわりと風がそよぎ、どこからともなく桜の花びらが舞い上がる。
目線を上のほうに移すと、いつの間にか満開の見事な桜の中にいた。
『
昴様が絹で織られた美しい着物を広げた。
上品な色合いの着物には、細やかで丁寧な椿の吉祥紋様が施されている。
母様は贈られた上衣に袖を通し、嬉しそうに微笑むと、昴様の瞳を見つめて頬を染めた。
『とても素敵な贈り物をありがとうございます。椿色・・、私の名前と一緒・・。私も昴様にお礼がしたい。何がいいかしら?』
昴様が愛おしく母様を引き寄せる。
『君がいてくれるなら何もいらない。ずっとそばにいてほしい。』
昴様がゆっくりと母様の唇に自分の唇を重ねた。
風がそよぎ、桜の花びらが二人を祝福するかのように舞い上がる。
花弁が光の中をくるくると回り、二人の想いに色を添える。
『結婚しよう。』
昴様が母様の髪を
艶のある美しい髪が、指の間を滑らかにすり抜け、母様の深く潤んだ瞳が昴様を映す。
『君だけを愛すると約束する。この先も、ずっと・・。』
『私も昴様のことを心から愛しています。言葉では言い尽くせないほど・・。』
『俺もだよ。君のためなら何だってする。愛する君を一生守ってみせる。』
母様が昴様の背に手を回し、その胸元に頬を寄せた。
『私もあなたのために全てを捧げます。愛するあなたのために・・。』
昴様は母様を優しく抱きしめると、麗しい母様の顔を覗き込む。
二人が見つめ合い、お互いの唇が惹き合わされるかのようにどちらともなく近づいていった。
尊い口づけが、二人を静かに結び合わせる・・。
天から降り注ぐ柔らかな陽が二人のために祝福の歌を奏でる。
陽の光と一緒に、そよ風が喜びくるくると踊り出すと、つられて桜色の花弁が舞い上がった。
小鳥が羽ばたき、嬉しそうに空を飛び回り、小さな動物たちもどこからともなく寄ってきて、共に慶び、歌を唄う。
しなやかで強さを秘めた桜の花びらが美しく輝き、生命たちが奏でる楽の旋律とともに、寿ぎの舞を愛し合う二人に贈る。
そして、昴様と母様は互いに手を取り合い、見つめ合い、再び口づけをかわす。
清らかな光が二人を包んでいく。
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