第六十八話 墨子悲糸

なぎの意識の中へ憂流迦ウルカの声が響く。


『凪君、諦めろ!君はすでに僕の一部だ!もう逃げられない!!!』


凪はあらがう。


--俺はお前の一部になんかならない!!!


『ほんと、あきれるねぇ・・。いい加減、気付けよ!君の左腕は大蛇オロチの一部だったんだ!要するに君はもともと大蛇オロチの要素を持ち合わせていたんだよ!それなのに大蛇オロチを討伐しようなんて・・。アハハ!!笑えるよ!こんなの皮肉でしかない!!!』


憂流迦ウルカの笑い声が木霊こだまする。


--何がそんなにおかしいんだ!?俺は間違ったことは言っていない!!!大蛇オロチに魂を売り渡したお前の方が間違っている!!!


『・・間違ったこと?そういうさぁ、自分の正義で僕をはかるのがいかに馬鹿げた発想か、何で気付かないの?!面倒くさい人間だ!!!』


凪の頭の中にギリギリと締め付けられるような鋭い痛みが走る。


--う゛あ゛あ゛ぁぁぁああああああ゛あ゛!!!!!!


凪は痛みに耐えきれず、地面に膝をつきながら左右の顳顬こめかみを両手で押さえた。


『君、あのむすめれてるんだろ・・?・・わかるよ。あの女に似て結構な上玉だよねぇ。・・ムカつく!!!!』


憂流迦ウルカが叫ぶと凪の頭を締め付ける力がより一層酷くなる。


--あ゛あ゛ぁぁぁあああああああああああああ・・・・!!!!


『あのさ、あの娘とさっさとヤッたら?それがお前の本能だろ?』


--な・・、何を、う゛ぁああぁぁああああ・・!!!!


『隠す必要なんてないんだよ!!それがお前の本能だ!!・・僕もすばるを前にすると、自分の本能が刺戟しげきされてどうにもならなくなる・・。ずっと隠してきた感情が抑えきれなくなる。昴に僕を・・、絶対に受け入れさせてやる!!』


--・・そ、れは、お前の一方的な思いだろ!!!


凪は痛みをこらえて言葉を続ける。


--昴の気持ちを考えていない!!!


しかし、憂流迦ウルカは凪の言葉を否定する。


『相手の気持ちなんて関係ないんだよ!!それが本能だろ?お前だってわかってるはずだ!!!だから、あの娘とさっさとヤれよ!!相手の気持ちとか・・、そんな他愛もないことに時間をかけてさぁ、呆気あっけなく他の男に寝取られたらどうする・・?』


憂流迦ウルカは一拍の間を置いてから言葉を続ける。


『・・・例えば、すばるに。』


--何で、昴が出てくるんだよ!?


凪の頭の中に憂流迦ウルカの押し殺したような笑いが響く。


『だって・・、君も一度は疑ったことくらいあるだろ?』


--そんなことはない!!


『・・・わからないよ?この世界は多くの不確実性の上に成り立っているんだ!そして、その不確実なものに勝手に価値を決めつけて人間の世の中が成り立つ!・・正しさなんてこの世のどこにも存在しないんだよ!!!』


--違う!不確実だからこそ、相手を知る、相手を想う、互いを認める、互いが歩み寄る!互いが手を取り合って、正しい関係を自分たちで作り上げる!

昴はおうを大切にしているし、二人の近くにいればそれくらいわかる!!


『だからさァ、それが正しいとか正しくないとか関係ないんだよ!!不確実性の上に成り立つ世の中の正義なんて、結局は大多数がそう思ってるから正しいことのように見えるだけだ!僕から言わせれば、それは単なる虚構だ!!』


凪は反論する。


--わかってる!!!だからこそ、自分の頭で考えるんだろ!!何が正しくて、何が間違ってるのか、自分の頭で考えて決定する!!どうすれば互いが幸せになれるのか、自分の頭で考えて答えを見つけ出す!!!お前にはそれがわからないのか?!!


憂流迦ウルカ苛立いらだちの言葉を放つ。


『・・・お前みたいなガキに説教なんかされたくないなァ!!!』


凪の頭が限界まで締め付けられ、悶絶もんぜつする。


--ぐあ゛ぁぁあ゛あ゛ああああ!!!!!や、めろぉぉぉおおおお!!!!


『僕は綺麗事なんかウンザリだ!!!そういう人間たちの戯言ざれごとで僕がどれだけの苦しみを味わったかなんて・・・、想像なんかできないだろ?!すべてが絶望だ!火であぶられるように、針のむしろに寝かされるように、沸騰したで釜の中に何度も顔を突っ込まれるように、寝ても覚めても僕は絶望の中で生きてきた!正義なんか存在しない!!だから君も本能に従えよ!さっさとあの娘とヤりたいって認めろ!!』


凪は痛みをこらえて自分の想いを言葉にする。


--ぐぁあ・・、お、れは、桜のことを・・、大切に、・・・したい!!!!!


すると、一瞬、凪の頭を締め上げる強度が弱まった。

何かに思惑を巡らせるように憂流迦ウルカしゃべる。


『・・・ここまでされて、なぜ認めない?!!』


凪が言葉を振りしぼる。


--・・俺は、桜の気持ちを、大切に、したいからだ!!互いの気持ちが通い合わなかったら、・・互いの関係に・・意味がないだろ!!!


『・・意味がないだと?』


憂流迦ウルカが声を荒げる。


『何でだよ!?何であのむすめは認められるんだ!!?昴も君も何であの娘が大切なんだよ!!!?』


再び強い力が凪の頭を締め上げる。


--う゛ぁあ゛あ゛ぁぁ!!!・・桜、は、・・俺が、生きる、・・理由、だから、だ!!!


『そんなの・・、そんなの、僕は認めない・・!!絶対に認めない!!!!!』


極限まで締め付けられた頭が、頭蓋骨ずがいこつごと押し潰されそうになる。

凪が壮絶な痛みに絶叫する。


--う゛あ゛あ゛あ゛ああああ゛あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!

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