第六十五話 絡繰人形<前編>

大蛇オロチによって憂流迦ウルカの体が完全に捕食ほしょくされた。

ぬちゃり、ぬちゃりと血肉をむさぼる不協和音と共に、憂流迦ウルカ大蛇オロチの内臓へズルズルと飲み込まれていく。

私はあまりのおぞましさに身震いをした。


「・・こんな、憂流迦ウルカは、どうしてここまで・・。」


私がそうつぶやくとすばる様の瞳の奥に悲しみが広がった。


「・・昴様、どうして私たちはここまでして殺し合わなくてはいけないのですか・・?」


昴様の私を抱える腕に力が入る。


「あいつは・・。」


私は昴様の言葉を待つことなく、あふれる涙を抑えられなくなる。

そこにあるのは悲しい現実にしか見えなかった。


「私たちは同じ人間です・・。憂流迦ウルカも同じ人間だったはずです・・。人間は殺し合う生き物ではありません。私たちは争いを避ける智慧ちえを持っているはずなのに・・。こんなことをしても何もならない・・。」


昴様の瞳が私をまっすぐに見つめる。


おうちゃん・・。」


そして、昴様の指が私の涙をぬぐうけれど、その指先がかすかに震えていた。


--昴様から悲しみが伝わってくる・・。


けれど、それを隠すように昴様の美しい瞳が閉じて私を一度抱きしめた。

昴様が私の耳元で話す。


「・・・憂流迦ウルカは、力を手に入れたと思っている。だけど、これではまるで大蛇オロチの邪悪な力に支配されてしまっただけだ。あいつは、大蛇オロチに思考を奪われてしまったんだ。俺は、憂流迦ウルカを・・。」


昴様が立ち上がる。


憂流迦ウルカ・・、もうやめろ!!」


すると、憂流迦ウルカを飲み込んだ大蛇オロチの体がビクンッと大きく跳ねた。

続け様にビクン、ビクンと大きく痙攣けいれんをはじめる。

それに呼応するかのように倒れ込むなぎ様が苦しみにもだえ叫ぶ。


「あ゛ぁ゛ああああぁあ゛ぁぁああああ!!!!」


「若様!!!」


双子のお二人が凪様へ近づこうとするけれど、大蛇オロチから発せられる重たい邪気の波動で押し戻されてしまう。


突如、空が動き出した。


叩きつけるような強い風が湖上を吹きすさぶ。

上空をおおった分厚い灰色の雲が物凄い勢いで流れていく。

地鳴りが響いて風向きが何度も変わる。

すると、雲間に見える昇りかけた太陽が東の空へ沈み出した。

昴様が叫ぶ。


「な、何だ!?太陽が東へ沈んでいくなんて!!?」


私も唖然あぜんと天空をあおぎながら立ち上がる。


「天の動きが真逆に・・。」


朝日が奪われていくかのようにその輝きが刻一刻と地平線へ沈んでいく。

私は不吉な予感がして昴様に身を寄せた。


「何が起ころうとしているのですか・・?」


私たちはその異様な光景に固唾かたずを飲んだ。

みるみるうちに太陽が地平線の向こうへ沈んでいく。

そして、薄暗さがあたりを包んでいく。

強い風が湖を吹き荒れ、炎と水蒸気を巻き上げていく。

私たちに炎と熱風が猛然と迫った。


「!!!」


間一髪で朱雀すざく様が両翼りょうよくを羽ばたかせ、それらを押し返す。

火の粉が降る。


「太陽が消える!!」


昴様の視線の先には東の地平線へ消えていく太陽が映る。

太陽が沈む速度に比例して、辺りの暗闇が濃くなっていく。

すると、今度は西の地平線から不気味な満月が顔を見せ始めた。

頭上では凄い速さで星が流れていく。


「月が・・。」


私の心臓が嫌な音を立てて早鐘はやがねを打つ。

指先が冷えて震えが止まらない。

昴様が私を力強く引き寄せて守ろうとする。

やがて、満月が天頂に達するとそこで止まった。


「・・・アハハ、アハハハハハ!!!!」


どこからともなく憂流迦ウルカの笑い声が木霊こだますると、大蛇オロチの体がビクンビクンと大きくうねり、その頭がボタボタと落ち始めた。

すると、次々に首が再生する。

しかし、その生首は今までと違った異形なものだった。


「見テよ・・、美シイだろう?」


八つの頭に憂流迦ウルカの生首が生えてくる。


「ほおら・・、ボクは大蛇オロチと一つにナッタんだ・・。」


憂流迦ウルカが奇声を発して大声で笑う。


「コレカラ新しい歴史ガ始まル!その創世神話ニ君たちモ立ち会えるなんて光栄に思え!!・・ダケド、それは一瞬でオワリだけどねェ!!ボクが△※x8⌘?◉末0※10■1^"01■§※??a!!!!」


大蛇オロチとなった憂流迦ウルカ呂律ろれつは次第に回らなくなっていく。

そして、八つの頭が左右に揺れたかと思うと、強烈な邪念を凪様に送り込んだ。


「凪君!!!アイツら※ヲ殺れ!!!!!」


憂流迦ウルカの邪念に凪様があらがう。


「う゛う゛う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!!!」


凪様が左腕の剣を振り回して何かを打ち払おうとする。

私は必死にその名を叫ぶ。


「凪様!!!」


私の声が響き渡る。

次の瞬間、凪様の目が見開かれた。


「・・・凪様!?」


けれど、その瞳は生き血のように赤く染まっていた。

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