第五十六話 甘えん坊<後編>

塚から少し離れた森の中に青龍せいりゅう住処すみかがあった。

そこは大きな岩がくり抜かれた穴蔵になっている。

すばるたちは入り口近くの平らな場所でき火をはじめた。

青龍は小虎を抱えながら昴の膝の上に座る。


「昴さん!みんなで焚き火をするのって楽しいね!」


「ふふ、楽しくてよかった。青龍は甘えん坊だからね。」


昴が優しく頭をでると、青龍が嬉しそうに抱きつく。


「昴さんのおうちにも何回か行ったよね!おうちゃんにも遊んでもらった!椿つばきさんは僕が寝るときに子守唄こもりうたを歌ってくれたんだ!!」


しかし、青龍が「ぁ・・。」とつぶやいて下を向いた。

そして、うつむいたまま小さな声で話す。


「・・あの時は、京に置かれた守護塚に何者かの結界が張られちゃって中に入れなかったんだ。だから・・、大蛇オロチと戦う昴さんを助けに行けなかった・・。」


「青龍・・、それはもういいんだ。俺もおかしいと思って後で調べたらあの日の夜に守護塚が荒らされていたことがわかった。・・恐らく、憂流迦ウルカがやったことなんだ。大蛇オロチを復活させるためにね。」


憂流迦ウルカ?」


大蛇オロチを復活させた張本人だよ。奴が大蛇オロチを使って椿つばきを殺した。」


昴が続ける。


「それに、このままだと憂流迦ウルカはこの国を破壊するつもりだ。俺はあいつのやり方が許せない。まつりごとにおいてもそうだ。己の私利私欲しりしよくのために道理をじ曲げるどころか、自分の都合の良いように道理を捏造ねつぞうする。」


昴は一度言葉を区切って焚き火の炎を見つめる。


「・・朝廷のまつりごとにおいて陰陽師おんみょうじが力を持ちすぎてしまったんだよ。それに、今の朝廷の政務者たちはほとんどが思考停止状態だ。だから、憂流迦ウルカを放っておけば皆あいつの言うことを信じてしまう。誰も止めようとしない。・・だけど、本来、陰陽師は均衡を司る者だったはず・・。それが陰陽師の誇りだったはずなのに、それが・・。」


昴が悔しそうに視線を落とすと青龍が昴の頭を撫でた。

なぎが口を開く。


「昴は、桜を守るだけじゃなく国も守りたいんだろ?何となくわかってたけど・・。」


「・・・一人娘の親でもあるし、宮仕えをする職業人でもあるからね。それに、俺は安倍派陰陽寮の陰陽頭おんみょうのかみだ。安倍晴明あべのせいめい様が築いた陰陽師としての誇りをまっとうしたい。それは下の奴らにも常日頃から伝えているつもりだよ・・。」


「だけど、陰陽道の二大派閥は、元は一つの陰陽道から生まれたものだったよな?それがどうして対立しているんだ?」


凪の問いかけに昴が答える。


「そうだよ、元は一つだった。だけど、時が経てば最初にあったはずのこころざしゆがんでいってしまうことがあるということだよ。・・人間だからね。つまり、目の前に権力があって自分がそれを自由に動かせると知ってしまえば『欲』が出るんだよ。それが人間の弱さ。それが今の憂流迦ウルカそのものだよ。」


昴は続ける。


勿論もちろん、『欲』というのは良い面もある。こうしたい、ああなりたい、という前向きな気持ちを持つならば、それは『欲』ではなくて『希望』になる。俺はそれを人間の『力』とか『原動力』と言い換えることができると思っているよ。」


昴の話に聞き入っていた青龍が続ける。


「・・・昴さん、・・あのね、僕は本当は昴さんを守りたいんだ。だけど、僕には何もできないかもしれなくて怖いんだ。」


すると、白丸と黒丸が優しく話しかける。


「確かに、大蛇オロチの力は強大かもしれません。我々も怖さを感じています・・。ですが、我々には何もできないわけではありません。第一に、我々は大蛇オロチに挑もうとしています。それに、最初から無力だと思う必要はどこにもありません。『何もできない』というのは、何もしなかったから何もできなかっただけなのです。」


「白丸お兄ちゃんと、黒丸お兄ちゃんはどうしてそこまで思えるの?」


「我々は若様をお守りすると自らの心に誓いました。誰が何と言おうと我々の命は若様そのものなのです。そして、若様は桜姫や伯父上、国の民を守ろうとしている。そうであるならば、若様の守りたいものすべてをお守りするのが我々の使命です。だからこそ、我々は大蛇オロチに立ち向かうのです。」


そして、桜が青龍に語りかける。


「私も大蛇オロチが恐ろしかったのです。・・ですが、その恐怖よりも、皆様と一緒に生きたいと強く思ったのです。私は命をかけて生きると決めたのです。だから大蛇オロチと戦います。青龍様も自分の本当の気持ちを見つけてください・・。けれど、無理にとは言いません。自分がどうしたいのか、青龍様自身が見つけるのです。」


「僕の本当の気持ち・・。」


青龍が昴に抱きつきながら何かを考える。

小虎が青龍にり寄る。


白虎びゃっこはいつもふわふわだね!」


小虎がナアナアと鳴いた。

凪が青龍に語りかける。


「俺も最初の戦に出る時はすごく怖かったよ。だけど、その中で気付くこともたくさんあった。だから、勇気を持って前に進むことはきっと無駄にはならないよ。」


「・・凪お兄ちゃん。」


青龍は凪の言葉に何かを考えてから前を向く。


「・・・わかったよ。僕も本当は戦いたいんだ。みんなと一緒に戦いたい。」


その瞳が力強く前を向く。


「僕も戦う。僕には白虎も朱雀すざくのお姉ちゃんも玄武のおじいちゃんもいる。それに、みんなもいる。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る