第五十五話 甘えん坊<前編>

一行は朱雀塚を後にして東の青龍せいりゅう塚へ急ぐ。

湖の東側もひどい有様だった。

木々は焼け焦げ、生き物の気配がない。

小さな村が壊滅状態となり、息絶えた人々が横たわっていた。

おうは込み上げる涙を必死にこらえて馬を走らせた。

やがて青龍塚が見えてくる。


「ここが青龍塚・・。」


なぎが前方の塚を見据える。

あたりには夕闇が迫っていた。


「・・誰かいるぞ。」


塚に近づくと一人の男の子が座っていた。

男の子は泣いている。


「うぇ・・・、ひっく・・、うぇ・・。」


すばるが男の子に駆け寄って優しく問いかけた。


「・・青龍?どうしたの?」


「うぇ、・・・僕、怖いんだ・・。あんなに近くに大蛇オロチがいるなんて・・。怖くて仕方ないんだよ・・。」


男の子は泣き続ける。


「どうして大蛇オロチと戦わなくちゃいけないの?僕は大蛇オロチが怖い!」


「青龍・・。」


昴が青龍の頭を優しくでる。

青龍が泣きじゃくった。

凪がかがんで自分の視線を青龍の高さに合わせる。

そして、優しく微笑んだ。


「戦で挑まなくては負けるだけだぞ。」


しかし、言った後で凪はすぐに顔を横に振る。


「・・って、まだ子供だったよな。ごめん。」


「ううん・・。でも・・、お兄ちゃんはどうしてそう言うの?」


「うーん、そうだなぁ・・、それじゃあ一つ聞いてもいい?」


青龍がコクリとうなずく。


「青龍はこのままでいいと思う?」


「よくないよ!」


再び青龍が泣き始める。

凪が優しく青龍の頭を撫でる。


「ごめん、ごめん。でもさ、勝てる戦がすべてじゃないんだよ。」


「・・どうして?」


「時には形勢が不利になって撤退しなくちゃいけないこともあるんだ。だけど、生きている限り負けたわけじゃない。策を練って次の機会を伺う。できることをすべてやる。傷を負ったのならえるまで身をひそめる、兵力が足りないのなら補う、奇襲を仕掛けて敵の意表を突くこともある。地形を頭に叩き込んで月も太陽もすべてを味方にする。」


凪が青龍の目を見て微笑んだ。


、ということだよ。」


「・・・それでも勝てなかったらどうするの?」


凪の後に昴が話を続ける。


「だから挑むんだよ。頭で考えることも大切だけど行動に変えることも大切なこと。行動するからその先に見えるものもあるんだよ。だから、自分の手で変化を起こす。青龍はこのままじゃよくないと思ってるんでしょ?逃げたくないと思ってる。」


「うん・・。だけど、僕・・。」


子供の青龍が再び泣き出す。


「僕・・、生まれた時から一人なんだよ。お父さんもお母さんも知らない・・。ずっと一人なんだよ。だから、どうしたらいいか分からないんだ。すごく怖い・・。」


昴が優しく頭を撫でる。


「青龍は一人で挑まなくてもいいんだよ。だから俺たちがここにいる。」


「・・うぇ・・・、うぇぇん。」


青龍が泣きじゃくる。

昴が青龍を優しく抱きしめる。


「・・青龍、毎日一緒にいてあげられなくてごめんな。」


「うぇ・・、ひっく・・、どうして昴さんが謝るの?僕は東を守る青龍なのに・・それに、昴さんを守る四神しじんの一つなのに・・、ひっく・・、昴さんはいつも僕のことを心配してくれる。僕だって本当は守りたいのに・・それなのに、怖いんだ。」


「うん、わかった。青龍の気持ち、ありがとう。」


昴がもう一度、青龍を抱きしめる。


「青龍が怖いと思うなら無理に戦わなくてもいいんだよ。・・だけど、俺たちはそれでも行かなくちゃならないんだ。」


「昴さん・・。」


夜の闇が辺りを暗くする。

少し落ち着いてきた青龍が言う。


「あの・・、みんなはもう行っちゃうの?みんな怪我けがをしているようだし・・、その・・、少し休んでいけば?この近くに僕の住処すみかがあるんだ。・・よければみんな来てよ。」


そう言った青龍が恥ずかしそうに昴のころもすそつかむ。

昴が優しく微笑む。


「青龍、ありがとう。さっきの戦いで俺たちも傷を負ったから少し休ませてもらおうか。馬の疲れもかなりきてる。」

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