第五十九話 正邪の剣<一>

すばるたちは玄武げんぶに案内された小舟に乗り込む。

湖は嵐のように荒れ狂っていたが、小舟の周りだけは不思議とおだやかだった。

船頭せんどうのいない舟は音もなく進んでいく。

湖水は赤黒く染まり、シュウシュウと泡立ちながら酸が溶けるような音がしている。

上空では分厚い雲が埋め尽くし、あたりは薄暗い。

そして、時折吹く風には重たい湿り気が混ざり、不気味に生温かい空気が肌にまとわりついた。

船は一定の速度を保ったまま静かに進んでいく。


「島が見えてきましたね・・。」


双子が前を見据みすえて言った。

舟が岸に近づくと音もなく止まる。

どこかでちゃぷんと水が跳ねる音がした。

おうがしっかりと前を向く。


「ここに天照大御神アマテラスオオミカミ様が・・。」


一行は舟を降りて湖水に沿って歩く。

さほど広くない島は中央に向かって一つの高い山がそびえるような地形になっており、そのほとんどが木々でおおわれていた。

火球の衝撃であたりは焼け臭い。


「あそこに何かあるぞ。」


なぎが前方を指差した。

焼けた木々が途切れたその先に開けた場所が広がっている。

そして、その中央に小さなほこらがあった。

ほこら四神しじんの塚と同じように、その周辺だけが何事もなかったかのように青々とした草が生えている。

昴が辺りを見回しながら言う。


「他に何も無いようだし、このほこら天照大御神アマテラスオオミカミ様へ繋がる何かがあるのかな・・。」


一行がほこらの前に立つ。

ほこらは幅が三尺くらいの小さな造りで両開きの観音扉かんのんとびらが取り付けられていた。

扉の奥で何かが光っている。


ほこらの中で光っているようだね・・、開けてみよう。」


昴が扉に手をかけると琵琶びわの音が響いた。


じょうじょうーー。


「ふぉふぉ、その扉はわしにしか開けられん・・。」


声の主がほこらの後ろから現れる。


「玄武の爺さん・・、このほこらの中には一体何があるんだ?」


老法師の姿をした玄武がじょうと琵琶を鳴らす。


「・・・八咫鏡やたのかがみじゃよ。」


八咫鏡やたのかがみ!?・・だけど、鏡は大昔・・、寛弘かんこう二年の内裏火災で焼失したはずだ。それに、燃え尽きた鏡の灰は内裏だいりに保管されているはず・・。」


「ふむ・・。じゃが、その灰のひとつまみを天照大御神アマテラスオオミカミ様がわしにお与えくださったのじゃ。そして、『この国に再び災が起きる時、この鏡を使いなさい』とおっしゃった。わしは鏡を守るためにこのほこらをずっとまもっていたのじゃよ。」


玄武がじょうと琵琶を鳴らす。


「さあ、八咫鏡やたのかがみを使って桜姫殿に眠る黄竜こうりゅう様を呼び覚ますのじゃ。そして、天叢雲剣あまのむらくものつるぎを持つ男と巫女みこくしよ・・、そなたたちが共に力を合わせ大蛇オロチを倒すのじゃ。くしとは、そう、桜姫殿そのもの、その体に眠る黄竜こうりゅう様のことなのじゃよ。」


そして、玄武が二つの言霊ことだまを口にする。


大蛇オロチ蘇る時又神に剣をたまわらん、星の授け給ふくしと共に、なんじ其剣を以て大蛇オロチを討ち果たせよ』


『新月の五芒星ごぼうせいより金色の印を給ふ後胤こういんくしり、日より剣をたまわる使ひと災を払ふべし』


玄武の言霊が荒涼たる湖に響き渡った。

すると、ほこらの内側から光があふれ出し、扉のきしむ音とともにゆっくりと開かれる。

まばゆい光が御光のようにあふれ出す。

そして、ほこらの中央に青銅器でできた円形の鏡が姿を現した。


「さあ、桜姫殿、鏡を手に取りなされ。」


「・・はい。」


玄武に促された桜が鏡に手を伸ばそうとする。


「・・これが、八咫鏡やたのかがみ。」


しかし突然、ほこらの周囲が殺気に満ちた。


「桜ちゃん、危ない!!」


咄嗟とっさに昴が桜をかかえて跳び退しさる。

間髪入れずに、鋭い刀の一閃いっせんほこらの屋根を吹き飛ばした。

破壊音とともに瓦礫がれきの破片がバラバラと飛び散る。

小虎が低いうなり声をあげた。

ほこらの後ろに黒い闇がゆらりと立ち昇ると人影が現れる。

殺気が狂気となってあたりの空気を掻き乱していった。

首と体が蛇で縫合ほうごうされた半人半蛇の男が喉の奥を鳴らして笑う。


「久しぶり・・。ああ、そういえば・・、この前会ったばかりだったねぇ。」


憂流迦ウルカ!!」


男たちが刀を引き抜き身構えた。

小虎が白虎びゃっこの姿に変化へんげする。


「・・わしも昴殿に力を貸そうぞ!!」


老法師が四神獣しじんじゅう、玄武の姿に変わっていく。

昴が秀麗しゅうれいな顔立ちをしかめて憂流迦ウルカにらみ付けた。


「昴・・、そんな怖い顔をしないでよ。君の美しい顔が台無しだ。」


「うるせえよ!」


しかし、憂流迦ウルカは片側の口端くちはを吊り上げて不気味な笑みを浮かべると、半壊したほこらの中から鏡を手に取った。

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