第五十〇話 火球の衝撃<前編>

翌日の早朝、一行は寺を後にする。

馬で山を下ると、山沿いを通ってから湖の方面へ向かう。

一行は地図の示す白虎びゃっこ塚を目指した。


湖が近くなるにつれてあたりが焼け臭くなってくる。

空は厚い雲におおわれ薄暗い。

集落の側を通ると家々が焼かれ、多くの人々が泣き叫び、ある者は苦しみにもだえ、ある者は息絶えていた。その光景は、まさに地獄絵図だった。

一行は馬を止めて生きている者の手当てをする。


憂流迦ウルカ大蛇オロチ仕業しわざか・・。火球が湖に落下した衝撃で周辺の集落や田畑が焼けついている・・。被害が甚大じんだいだ。」


--こんな有様になっているなんて・・。一体、何人の人間が犠牲になったんだ。


なぎは惨状をの当たりにして唇を引き結んだ。

すばるが前方をにらむ。


「湖が荒れている・・。」


視線の先に広がる湖は、つい先日見たばかりの美しい景色が嘘のように激変していた。

湖の中心からどす黒い炎が立ち昇り、その周りで猛烈な流れが発生している。

嵐のような高波が荒れ狂い、転覆した船が行き場もなく濁流だくりゅうに飲み込まれていった。

炎によって湖の中心はすでに沸点ふってんを超えて煮えたぎり、人々や動物たちの血で赤く染まっている。

岸に近いよどみでは死んだ魚が浮かび異臭を放っている。

おうが前を見据えた。


「あそこに大蛇オロチがいるのですね。何の罪もない人たちにこんな酷いことを・・。許さない。」


一行が再び馬を走らせると西の塚が見えた。

「ここだ」と言って昴が地図を確認する。

湖に近い小高くなった丘の上に、しめ縄の張られた白い岩石があった。

不思議な事に、その周辺だけがあたかも火球の衝撃などなかったかのように緑の草が生え、おだやかに風に揺れている。

岩石はそれほど大きくなく、直径は大人の腕一つ分くらいだった。

その表面の一部には光沢があり、その一方でザラザラした部分がある。

そして、全体的に不均等なくぼみがあり、その一端が鋭利に欠けていた。


「何の変哲へんてつもない岩のようにも見えますが、不思議な感じもします・・。一体、この岩にどんな仕掛しかけがあるというのでしょうか?」


双子が首をかしげて地図を確認するが、塚の場所が示されているだけで特に仕掛けについては何もしるされていない。


「・・さて、どうしたものかな。」


昴も首を傾げた。

桜が岩石に触れる。


「不思議な岩・・。それに、わずかに熱を持っているように温かい。」


各々おのおのが岩石を押したり引いたり、さらに周辺を調べてみるが何の手がかりもなかった。


「困りましたね・・。」


双子が頭をくと、おもむろに凪が右手の刀を抜く。


「押しても引いてもダメなら叩いてみたらどうだろう?」


「・・うん、塚は魂が宿るしろの一つだから、本来は叩くなんていけないことなんだけど・・。とにかく、今はこの岩にある仕掛けを動かして何かを解錠かいじょうしないと玄武げんぶの爺さんのところへ行けない。やってみる価値はある。」


昴も刀を抜く。

凪が刀の剣先で岩石を軽く叩いてみるが、コツンと乾いた音を立てるだけで何も起こらない。


「・・もっと強く叩いたほうがいいのか?俺の左腕の天叢雲剣あまのむらくものつるぎで叩いてみてもいいけど、左腕のやいばでは威力が強すぎて岩が壊れてしまうかもしれない・・。昴の刀ではどうだ?」


凪にうながされた昴が妖刀白虎で岩石を軽く叩く。

先程と同様に、岩はコツンと乾いた音を立てるだけだった。


「うーん・・、何も起こらない・・・。」


「ダメか・・・。」


「・・どうすればよいのでしょうか?」


桜も双子も困ったように首をかしげた。

すると、間を置いてわずかに妖刀白虎が震え出す。


「これは・・。」


岩石と妖刀白虎が音叉おんさのように共鳴し始めた。

キーンという高い共鳴音が耳の奥で木霊こだまする。

双子が目を見張る。


「妖刀白虎が・・、鳴いている・・・。」


妖刀白虎と岩石が共鳴音とともに白い光を放つ。


「!!」


共鳴音が続く。

桜が発光する刀と岩石を見ながら昴に問いかけた。


「西の塚、白い岩、妖刀白虎・・。昴様、これは・・。」


「・・うん、西を守る四神は白虎だ。」


すると、共鳴音に共振きょうしんするかのように小虎がナアナアと鳴き出す。


「・・小虎?どうしたの?」


小虎は桜の腕からするりと抜け出す。


「小虎??」


白いふわふわの生き物が岩石へ向かってトコトコ歩いて行くと、り寄ってクンクンと匂いをぐ。

そして、前足の柔らかい肉球を「ぴとっ」と岩石にくっつけた。


「え?!!」


岩石はさらに光を増して共鳴音がどんどん大きくなっていく。

やがて、大地が微動をはじめる。

段々と揺れが大きくなると、目の前の岩石に亀裂が入り崩れ始める。


「何だ!!」


続いて、地下の奥深いところから金属のこすれ合うような大きな音が地鳴りとなって響き渡る。

しばらく揺れと地鳴りが続くと、ガシャンと大きな音が鳴り、やがて揺れが収まっていく。

そして、岩石が砕け、あたりに散らばった。

凪が驚く。


「今のは・・、もしかして、小虎が塚の絡繰からくりを解錠したということなのか?」


昴が小虎を見ながら思考をめぐらす。


「・・そういうことになるね。小虎は白虎だから、西の方位を守る神獣だ。白虎は西を守護する・・、つまり、西を『結ぶ』ということになる。そして、反対にその守護を『解く』のも白虎になる・・。」


小虎が昴の肩へ飛び乗ると嬉しそうにり寄った。

昴が小虎の喉元を優しく撫でるとゴロゴロと気持ち良さそうにする。

双子が昴に問いかける。


「・・ということは、南の朱雀すざく塚、東の青龍せいりゅう塚も同じように四神獣の力を借りて絡繰からくりを解錠できるということですか?」


「・・うん、多分ね。この結果から考えれば恐らくそういうことになるよね。とは言っても、それぞれの塚へ実際に行ってみなければ分からないっていうのが現状だけど・・。それにしても、何故こんな絡繰からくりが湖の塚にあるんだろう・・?玄武の爺さんに会うためとはいえ・・、爺さんは何かを知っているのか?」


昴が考え込むと凪が続ける。


「とにかく、今は先へ進もう。塚の絡繰からくりを解錠して玄武に会うのが先だ。そこで何かが分かるはずだよな?」


「ああ、そうだった。凪の言う通り、先を急ごう!」

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