第四十九話 鴛鴦の襖<付録>

なぎおうの二人はしばらく月見を楽しんだ後、それぞれの部屋に戻った。

寺の宿坊しゅくぼうでは二間続きの座敷ざしきに通され、凪と双子が一部屋、桜とすばるが一部屋を使うことになっていた。

夜も深くなり、寝静まる時刻となる。

隣の部屋を仕切るふすまの上の欄間らんまから蝋燭ろうそくの明かりがこぼれていた。

欄間らんまには羽ばたく鴛鴦おし精巧せいこうな透かし彫りがほどこされており、同様にふすまにも仲睦まじく寄り添うオシドリの様子が描かれている。

桜と昴はまだ起きているようだった。

凪は目を閉じる。


やがて、隣の部屋から話し声が聞こえてくる。


「・・ぁ、ちょっと・・・、昴様やめてください・・。」


「桜ちゃん・・、ほら、・・大人しくしてて・・。」


「ぅん・・ぁ・・・、もう・・、ちょっと、・・ダメだから・・。」


--なっ!?


凪が勢いよく起き上がる。

双子もつられて起き上がる。

一体、隣で何が起きているのか三人は困惑する。


「ダメじゃないでしょ?」


「ぁあ・・、だから・・・、ダメ、待って・・。」


「待てない。」


--何なんだ!!桜は一体、何をされているんだ!!


凪が意を決してふすまを開けようとしたその時。


「・・もう!お薬は自分でります!!」


「だって、背中にも塗らなきゃいけないでしょ?自分では手が届かないよ?ちゃんと塗らなきゃ早くよくならない!桜ちゃんの体にあとが残ったらどうするの?」


--は?薬??


「自分でできます!」


「俺は桜ちゃんのために大真面目おおまじめに言ってるんだよ!!」


「大丈夫ですから!!」


どうやら二人は取っ組み合いをしている様子だ。


--だ、大丈夫なのか?!


「もう、言っても聞いてくれないのなら!」


--・・どうするんだ?


「あっ!桜ちゃん、何で背を向けるの?」


「・・・。」


「え・・?もしかして怒った・・?ご、ごめん!謝るから!」


「・・・。」


「ごめん!・・ちょっと、桜ちゃん??本当にごめんってば!でも俺は本気で桜ちゃんの体が心配なんだよ!ねえ、わかってよー!」


昴の謝る声が続き、しばらくすると笑い声が聞こえる。


「・・ふふ。」


「あれ?」


「ふふふ。」


「あ!ちょっとー、今のわざとなの?」


「だって・・、ふふ。」


「もう!俺は本気で心配してるんだよ!・・・ふふ。」


桜と昴が笑う。


「・・ふふ。わかりました。手が届かない背中だけお願いします。それ以外は自分でやりますから。」


「うん、わかった!なるべく早く終わらせるようにするからね!」


「ふふ、ありがとうございます。」


--話が丸く収まったのか?・・え?背中!?ころもを脱ぐのか?!


凪は頭を抱えてその場に倒れ込む。

白丸と黒丸が小声で言う。


「若様・・、敵将はかなりの強敵のようですね・・。しかも相当な溺愛っぷり・・・。」


「・・ああ、そのようだ。」


「それに、桜姫が背中を見せるとは・・。桜姫は伯父上をとても信頼されていますね。」


「・・・。」


「若様にとって、伯父上を説得するのが一番の難関になるかもしれません・・。激戦になるのが目に見える・・。」


「・・・何のことだ。」


「あ、いや・・、それに関しては我々の援護もお役に立てないかと・・。」


「だから、何の援護だよ・・。」


双子が苦笑し、凪が項垂うなだれた。

桜と昴の会話が続く。


「ふふ、くすぐったい。」


「もう、桜ちゃん動かないでね。」


「ふふ。」


「ちょ、ちょっと・・、ん?ここがくすぐったいの?」


「・・ぁ・・、そこはダメ・・、自分でやります・・。ふふ。」


「ん?あ、ごめん。でも、ついでだから・・、ね。」


かくして、凪の眠れない夜が更けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る