第四十八話 一隅を照らす此れ則ち国宝なり<後編>

陽が沈み夜がやってくる。

すばる様は私のために薬を作ってくると言い、どこかへ行ったままだった。

私は部屋から外へ出て小虎と一緒にえんに座る。

夜空には月が美しく輝いていた。

すると、なぎ様が廊下の向こうから歩いてくる。


「・・おう?こんなところでどうしたの?」


「凪様、こんばんは。私はただ月が見たくなったので・・。」


「昴は?」


凪様が隣へ腰をおろす。


「お薬を作ってくるそうです。凪様はどちらかへ行かれていたのですか?」


「僧たちの説法を聞いてきたよ。中々こういう機会はないからね。白丸と黒丸はまだ講堂の方にいる。」


夜風が吹いた。


「・・山の夜は寒い。これを。」


そう言って凪様が着ていた上衣の着物を私の肩に掛ける。

凪様のぬくもりの残ったころもが私の体を包んだ。


「・・・ありがとうございます。」


凪様が少しだけ視線をらす。


「夜に二人で会うのははじめてだね。・・少し新鮮だ。」


「・・そうですね。」


再び夜風がそよぐけれど、私の体は凪様の譲ってくれたころもで温かい。

凪様はしばらく黙った後に私に語りかける。


「桜は・・、昔、俺と会ったことを覚えている?俺の元服の儀の時のことを・・。」


「・・・ええ、覚えています。私が巫女みことして祝祭しゅくさいの舞を奉納ほうのうしました。それから月日が経って凪様があの屋敷の中にいる私を偶然見つけた時も、既視感きしかんのようなものはありました。ただ・・、すぐにはっきりとは思い出せなくて・・。」


「そう・・、覚えてくれていてよかった。・・俺は、桜を忘れたりしたことはないよ。」


凪様が何かを迷うように黙る。

そして、私の目を真っ直ぐに見つめた。


「・・あのさ。」


ふいに私の手に凪様の手が重なる。

だけど、また何かを考えるように黙る。


「・・・いや、これを伝えるのは今じゃない。」


「え?」


「ううん、何でもない。・・月が、綺麗だと思って。」


凪様が夜空に浮かぶ月を見上げた。

杉木立すぎこだちの向こうに浮かぶ月が境内けいだいを青く照らす。

私も一緒に夜空を見上げた。

月のまわりに散りばめられた星たちが微笑み合うように輝いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る