第四十七話 一隅を照らす此れ則ち国宝なり<中編>

私たちはお寺のすぐ近くにある杉木立すぎこだちに入り、足元をよく見回しながら薬草を探した。

私のまわりにも、書物で勉強したり素描そびょうした記憶のある植物が目に入る。


「これと、これ・・、それにこれも!」


私は夢中で薬草を集めた。

上を見上げると、真っ直ぐに伸びた杉の枝の間から瑠璃るり色の空が見えた。

林の中はひんやりとんだ空気に満たされて、時々鳥のさえずりが頭上を舞う。

そして、すばる様が私を気遣きづかってくれる。


おうちゃん、足元に気をつけてね。」


「はい。」


すると、今度は凪様が私の薬草を入れるかごを持ってくれる。


「これは俺が持つよ。」


「凪様、ありがとうございます。」


「桜姫、そちらはすべりやすくなっています。我々にお手を。」


双子のお二人が私の両手をとる。


「ふふ、これでは薬草をめませんよ。」


私たちは笑う。

その後、十分な量の薬草を集めると、部屋に戻り皆様と一緒に薬の調合を行った。


そして、昼過ぎになり、私たちはお寺の総本堂に向かう。

朱色の柱に白土の壁、孔雀緑くじゃくみどりの色の屋根がかれ立派な建物が視界に入る。

建物の正面には本紫色のまくが掛けられ、その両側にも五色の垂れ幕が風になびいている。

私たちは本堂の中へ進む。

中には黄金色に輝く薬師如来やくしにょらい御本尊ごほんぞん鎮座ちんざし、その前で和尚おしょう様が座していた。


「昴様、ようこそおいでくださいました。」


和尚様が昴様に一礼する。


「こちらこそ、昨夜は深夜にもかかわらず私たちを迎え入れていただき誠にありがとうございます。」


昴様がみやびな所作で一礼し、私たちを和尚様に紹介する。

小虎は私の膝の上で眠っている。


「いえいえ、旅の方々を迎え入れるのは常のこと。お礼には及びません。それに、昨夜は玄武げんぶ様がここに現れましてな・・。あなた方がこちらへいらっしゃると教えてくださったのです。」


「玄武の爺さんが・・?」


昴様が聞き返す。


大蛇オロチ淡海乃海あふみのうみに沈んでいきました。昨夜、ここから巨大な火球が湖に落ちて沈んでいくのが見えたのです。大蛇オロチは再びよみがえりました。これは誠に由々ゆゆしきことです・・。しかし同時に、一隅いちぐうを照らす人々も現れました。国の宝、そう・・、それはあなた方のことです。」


和尚様がゆっくりとうなずく。


「おお、失礼・・、『一隅を照らす、此れすなわち国宝なり』とは、この寺の御開祖ごかいそのお言葉です。何を信じるか、ということは人それぞれの自由ですので強要はいたしません。私はただ、あなた方に不滅の法灯ほうとうのような光を感じたのです。」


和尚様の後ろにある三つの灯篭とうろうに灯った火がじんわりと辺りを照らしている。

すると、和尚様がなぎ様を柔和にゅうわな微笑みで見つめた。

凪様が口を開く。


「俺はそんな大それたものではありません。俺は自分の大切な人たちを守るため、そして国のために戦うと決めただけです。」


すると和尚様がおだやかな口調で言葉をつむぐ。


「それが凪様の灯火ともしびですよ。あなた方の心にはそれぞれの灯火があるのです。」


和尚様の言葉を聞いた私たちは自然と三つの灯篭とうろうながめた。

灯火がゆらゆらと優しく揺れる。


「・・ところで、玄武の爺さんがここに現れた理由は何かあるのでしょうか?」


昴様が和尚様に問いかける。


「理由までは教えていただけませんでした・・。玄武様はただ『待っている』とだけおっしゃったのです。」


「待っている?」


「そうです。玄武様は特別に認めた方にしかお会いになりません。それに、向こうから会いにきてくださることはあっても、こちらからは中々お会いすることはできません。玄武様にお会いするには、淡海乃海あふみのうみの北へ向かうのです。淡海乃海あふみのうみはここからさらに東へ行った先にある湖です。その湖は四方を四神相応しじんそうおうの教えに習った塚で守られています。そして、玄武様のもとへ行くには、湖の西側の塚から南を回り、さらに東を通ってから北に向かう必要があります。それと・・。」


和尚様が続ける。


「それぞれの塚には方位神、つまり四神獣がまつられています。そして古い言い伝えでは塚には仕掛けがほどこしてあるそうです・・。それぞれの仕掛けを解錠かいじょうしていけば玄武様のもとに辿たどり着けましょう。」


「和尚様は塚の位置をご存知なのですか?」


昴様が尋ねると和尚様が顔を横に振って古い地図を渡す。


「ここに玄武様がお渡しくださいました地図がございます。こちらをお持ちください。お役に立ちましょう・・。」


昴様が地図を受け取ると、和尚様が双子のお二人に向き直る。


「それにしても興味深いのは白丸様と黒丸様です。お二人は容姿がそっくりなようで正反対、おそらく性格も正反対でしょう。ですがお二人は一つの御霊みたまが二つに分かれた命なのです。二つは混じることがないようで、その根底では一つの魂なのです。」


双子のお二人が顔を見合わせ以心伝心いしんでんしんごとく共鳴する。


「我々の魂が一つ・・。」


すると、昴様が続ける。


「そう、二人はまるで陰と陽のように・・。陰陽おんみょうは対であり常に変化しながら均衡を保つものなんだ。つまり、二つは対極にありながら、同時に一つでもある。どちらか一方の均衡が崩れても上手くいかない。・・俺はね、君たちが赤ん坊だった頃からなぜか気になっていたんだ。白丸と黒丸には不思議な力を感じるよ・・。」


昴様が双子のお二人に微笑むと和尚様も同意する。


「本当に不思議なものです・・。」


感慨かんがい深く言葉の余韻よいんを残した和尚様がふと顔をあげて私の方を見た。


「・・おっと、お話が過ぎてしまったようで申し訳ありません。出発なさるのであれば明日の朝がよろしいでしょう。おう姫様のお体もまだ完全には回復していないようですから・・。どうぞご自由に寺の宿坊しゅくぼうをお使いください。」


私は和尚様にお礼を申し上げる。


「私こそ、桜姫様には薬を調合していただいた。薬は貴重なものです。感謝いたします。」


そして、私たちは本堂を後にした。

凪様と双子のお二人は剣術の鍛錬たんれんをするといい、私と昴様は境内けいだいを歩くことにした。

境内はとても広く、隅々まで綺麗に掃除がされていた。

私たちはすれ違う僧たちに挨拶をしながら進んでいく。

杉木立を挟みながら大きな宮造りの建物が見える。

私と昴様はそれぞれの建物を見上げながら、寺の西側の敷地へと山道を歩く。

昴様は私の手を取ってゆっくりと歩いてくれた。

私もその優しいてのひらに甘えるように身を寄せる。

やがて、昴様が小さい御堂おどうの前で足を止めた。


「・・ここに寄っておこうと思って。」


昴様の言葉がどこか切なく響く。


椿つばき堂・・、椿と名前が同じだけなんだけどね。」


「・・・母様。」


私と昴様は御堂の前で一緒に手を合わせた。

小虎が足元で大人しく座っている。

木々の向こう、敷地のどこかで鐘楼しょうろうかねを突く音が響いた。

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