第四章

第四十六話 一隅を照らす此れ則ち国宝なり<前編>

私たちは奥宮おくのみやを後にして馬に乗り、東の山寺を目指した。

すばる様が私を前に乗せ、抱えるようにして馬を走らせる。

私はいつもの温かい腕の中に安心すると、いつしか眠りに誘われていった。


気が付くと私は広い座敷ざしきに寝かされていた。

小虎が私のお腹の横で丸くなって眠っている。

私は見知らぬ寝巻きの着物を着せられ、頭の上のほうで丁寧に整えられた自分のころもが置かれていた。

私が起き上がると小虎が目を覚ましてり寄ってくる。


--体が痛い・・。


障子しょうじの薄紙を通して部屋の中に光が差し込んでいた。


--ここはどこだろう?


小虎が障子戸をガリガリと引っく。


「ふふ、外に出たいのね。」


私は障子戸を少し開けてやる。

小虎はするりと抜け出すと、そのままどこかへ走っていった。

すると、すぐに騒がしい足音が近づいてくる。


おうちゃん!目を覚ましたの?!!」


昴様が部屋に入ってくる。

私は着物の乱れを整えて昴様にたずねた。


「昴様、ここは・・?私、眠ってしまって・・。ごめんなさい。」


「どうして謝るの?昨夜はあんなことがあったんだ。謝らなくていいんだよ。それに桜ちゃんはがんばったんだから。」


そう言うなり昴様が頬を寄せて嬉しそうにする。

昴様は手に怪我けがをしているようだった。


「ここは比叡山ひえいざんの寺だよ。俺たちもさっき起きたばかりだから心配しないで。昼過ぎになったら和尚おしょうと話があるからそれまではゆっくりしていようね。」


「あの・・、この着物は?」


「その着物はここで借りたんだよ。桜ちゃんの腕に打ち身のようなれがあったから他の部位もる必要があって・・。多分、意識の世界に入った時につけられたもの。現実の打ち身より軽いものだけど、こんなひどいことを桜ちゃんにするなんて・・。」


昴様が私の髪を撫でる。


「だけど、大丈夫。薬を塗っておいたからすぐに良くなるよ。」


そして、私の頬を温かいてのひらが優しく包んだ。

私は昴様の怪我をしている方の掌を見つめる。


「昴様、怪我をされたのですか?・・私を守るために傷ついてしまったのですね。・・ごめんなさい。」


「ん?ああ、これね。俺は大丈夫だよ。心配してくれてありがと。だけど、桜ちゃんが謝ることじゃないからね。」


昴様は微笑むと私の髪を優しくいてくれた。


「ああ、でも、ごめん・・。謝るのは俺のほうだね。桜ちゃんの衣は俺が着替えさせた。体を診る必要があったからなんだけど・・、女の子なのに勝手にごめんね。」


「・・昴様こそ謝らないでください。それに、いつも私のためにありがとう。」


「ふふ、俺は桜ちゃんのためならなんだってするよ。痛いところはない?」


「・・はい、大丈夫です。」


昴様が心配そうに私の顔をのぞき込む。


「・・・もう、無理はいけないからね。まだ少し休んでいなさい。」


「・・ありがとうございます。」


そううながされた私は布団に横たわる。

昴様が隣で書物を読む。

そして、優しい手が私を寝かしつけてくれる。

私は瞳を閉じた。


再び目を覚ますと昴様の姿はそこにはなかった。

小虎が私の枕元で丸くなって眠っている。

少し開いた障子戸の向こうでえんに座った昴様が書物を読みふけっているのが見える。

私は起き上がり、自分の衣を身に着けて髪をいあげた。


「昴様。」


「桜ちゃん!もう具合は良いの?」


「はい、たくさん眠りましたから。」


私は「ふふ」と笑う。


「昴様は何の書物を読んでいるのですか?」


「これはね、薬草について書かれた書物だよ。寺の書庫から借りてきたんだ。この近くに生育している植物について詳しく書かれていて面白いよ。」


私は昴様の隣に座って書物を覗き込む。


「本当ですね。見本の絵図も詳細に描かれています・・。」


「うん、これなんか平地では見かけない植物だよね。面白いなー。」


昴様は興味深々という風に再び書物の世界に入っていく。


「そういえば、なぎ様たちはどうされたのですか?」


「ん?・・凪たちは、ほら、あそこで剣術の鍛錬たんれんをしているよ。彼らも怪我けがをしているのに、ああやって毎日の鍛錬を欠かさない。さむらいだからね。」


言われた先を見ると、凪様たちが寺の境内けいだいで熱心に刀を振っている。


「怪我・・。大蛇オロチと戦った時に傷付いたのですね。」


「うん。だけど大丈夫。凪たちの怪我の治療もここに着いてすぐにやったからね。・・ただ、手持ちの薬が足りなくなったから、新しくこれから薬の調合をする必要があるんだ。」


「昴様、私もお薬の調合をお手伝いしたいです。」


「本当?!それは助かるよ!寺の和尚おしょうからも薬の調合を頼まれたから一緒に作ってもらえるとすごく助かる!桜ちゃんの薬はよく効くからね!」


「ふふ、昴様に教えていただいたから・・。書物の読み方や考え方、いろいろなやり方を教えていただきました。それが今お役に立てるのならとても嬉しいです。」


昴様が私の手を取り一緒に庭へ降りた。

けれど、私は体に残る痛みのせいで足元がふらついてしまう。

昴様が咄嗟とっさに私の体を支えてくれる。


「大丈夫?やっぱり休んでいたほうがいいんじゃない?」


「少し痛みが残っているだけなので・・大丈夫です。それに、たくさん眠りましたから・・。私も少しでも皆様のお役に立ちたいです。」


昴様が私の手を握って困ったように微笑んだ。


「・・ありがと、桜ちゃん。そうしたら、転ぶといけないから俺の手にちゃんとつかまっているんだよ。」


私は昴様の優しい手を握り返す。


「はい、ありがとうございます。」


すると、凪様と白丸様、黒丸様がこちらへやってくる。

そして、心配そうに凪様が私に問いかけた。


「体のほうは大丈夫?昴から桜が怪我をしていると聞いた。」


「はい、昴様にお薬を処方していただきましたので大丈夫です。それに、怪我といっても軽い打ち身程度ですので・・。」


「そう・・、ひどい怪我ではなくてよかった。」


「それよりも、皆様のお怪我のほうが心配です。」


「俺たちは大丈夫だよ。これくらい慣れているから。俺は桜が傷つくほうが辛い。」


凪様の後に白丸様と黒丸様が続ける。


「我々も同じです。桜姫のお体のほうが心配です。女性は男より体の作りが弱いのは事実ですから。」


「ふふ、ありがとうございます。でも本当にもう大丈夫なのですよ。少し痛みが残るくらいです。」


昴様が私を気遣うように優しく支えると凪様たちに言う。


「これから薬草を探しに行くんだけど、凪たちも来るかい?」


勿論もちろん、俺たちも一緒に行くよ。」


凪様と双子のお二人がうなずいた。

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