第四十三話 迷子の童<番外編・一>

すばる陰陽寮おんみょうりょうの幼稚舎に通っている頃のことだった。

ある日、陰陽師の父親と一緒にあやかし退治に同行することになる。


「昴、お前もこれから陰陽師としていろいろな経験を積まねばならない。今日は妖退治の依頼があるから一緒についてきなさい。なに、心配するな。相手は下級妖怪だ。お前は私の後ろで見ていればいい。」


「うん、わかった!」


昴の父親は息子と数名の部下を連れて森の入り口へやってくる。

父親があやかしを呼び出すための魔方陣を作る横で、昴は父親の仕事ぶりを観察していた。


「ふーん・・、あーやって魔方陣を作るんだ!」


父親が器用にしめ縄を張っていくと、続いて決められた場所へ呪符を置いていく。

部下の男たちは供物を並べたり儀式に使う短刀を磨いたりしている。


「あれ?あの駒はなんだろう?・・双六すごろくみたいに白と黒の駒だけど・・?」


そう言った昴の視線の先では白と黒の駒が魔方陣の上に綺麗に並べられていく。


「なにかなぁ?・・あのじゅつはまだ教科書にのってないやつだ!・・ふふ、双六みたいでおもしろそう!!」


すると、視界のすみの方でヒラヒラと何かが舞った。

昴がその浮遊物に視線を移すと、一匹の見たこともない美しいちょうが飛んでいる。


「わぁ!すごくキレイなちょうちょ!!いままで見たこともないや!!」


昴の瞳が好奇心で輝く。


「そうだ!捕まえて仲良しの友達に見せてあげよっと!捕まえるのは可哀想かわいそうだけど・・、友達に見せたらすぐに逃せばいいよね!」


友達の喜ぶ顔が浮かんだ昴は、妖退治のことなどすっかり忘れて夢中で駆け出す。

蝶はヒラヒラと左へ行ったり右へ行ったり、森の奥へと飛んでいく。


「あっ!・・あとちょっとで届くのにー!!」


つかみどころなくヒラヒラと舞う蝶は中々捕まえられない。

昴はどんどん森の奥へ入っていく。

しばらくすると、深い森の中でそこだけ木々が開けた場所に出た。

開けた場所の中央には一本の大きな木が力強く根を張っている。

蝶はヒラヒラと大樹の根本にある大きな穴へと入っていく。


「もう!ちょっとまってよー!!」


昴も蝶を追って穴の中へ入っていく。

穴の中は奥へと長く続いており、大人が数人余裕で通れる広さだった。

その壁面には緑色に発光するこけが所狭しと生えている。

苔が辺りを照らし、ゴツゴツした岩肌が見える。

頭上からは水がぽたりと垂れて、ジメジメと湿った空気が流れていた。

蝶はどんどん奥へと飛んでいく。


「まてってば!!」


昴は蝶を追ってどんどん穴の奥へ進んでいく。

やがて、奥に突き当たると何かにぶつかった。


「うわっ!!」


弾力のある何かにぼよんとね返されて地面に転がる。


「いたた・・。・・・あれ?ここはどこだろう?・・ちょうちょはどこ?」


辺りをキョロキョロと見回すと突然大きな声が頭上から降ってきた。


「・・坊主!こんなところで何をしている!」


「え・・?」


昴が声のする方へ顔をあげると、壁面にびっしりと生えた苔がより一層の光を放つ。

穴の中が明るくなるのと同時に、昴の目の前に一匹の大きなガマガエルが座っていた。

昴は腰を抜かす。


「ぇ・・・、ぇ・・・」


「ここは俺様の大事な寝ぐらだぞ!!勝手に入ってくるなんざぁ、坊主テメェ、いい度胸してやがるな!」


ガマが大きな口を開ける。


「ちょうどいい!!腹が減ってたんだ!!お前を喰ってやろう!!」


「や、やだよ!!」


昴は咄嗟とっさに足元にあった大きな石をガマに投げつける。

石はガマの腹にあたるが、ぼよんと音を立ててね返された。


「ふはははは!そんなもん、俺様にはきかねぇよ!!」


ガマがもう一度大きく口を開けると長い舌を昴に巻きつける。

舌はヌルヌルとしながら昴をとららえると、口の中へ放り込もうとする。


「うわぁ!ヌルヌル気持ち悪い!!」


「うるせぇ!気持ち悪い言うな!!喰っちまったら関係ねぇだろ!!」


昴はガマの口元に手と足をひっかけると、食べられないように抵抗する。


「食べられるもんか!!」

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