第四十二話 琵琶法師

私は段々と意識が戻ってくる。

そして、温かく力強い腕の中に抱かれていることに気がついた。


おう!!大丈夫か!!?」


目を開けるとなぎ様の顔が映る。


「凪様・・・?」


「そうだよ!桜はずっと気を失っていた。」


すると、今度はすばる様が私の手をにぎった。


「桜ちゃん!!大丈夫?!」


ぼんやりと辺りを見回すと、『儀式』を行った奥宮おくのみやにいることがわかる。


「昴様・・、私、・・生きると決めました。」


「うん、わかってる。よくがんばったね。」


昴様が優しく微笑む。


「・・大蛇オロチは?」


私が言葉を発すると凪様が悔しそうに言う。


「『儀式』の後に封印が解かれ、桜から出てきた大蛇オロチ対峙たいじした。だけど、後少しのところで逃してしまったんだ・・。」


すると、小虎が私にり寄ってくる。

小虎のふわふわが私をいやしてくれる。


「・・凪様、・・私も戦いました。」


「わかってる。桜も戦ったよ。」


凪様が私を強く抱きしめた。

すると、どこからともなく琵琶びわの音が聞こえてくる。


じょうじょうーー。


「・・琵琶の音が聞こえますね。」


白丸様と黒丸様が辺りを警戒すると、不思議な声が聞こえる。


「・・ここじゃ、・・ここじゃ。」


気がつくと、私たちのすぐ近くに一人の老法師が琵琶を抱え座していた。


「まさか、大蛇オロチに挑む人間が再び現れるとはのぅ・・。」


老法師が怪しげに琵琶を弾く。

すると、小虎がなつかしげにり寄っていった。


「おお!白虎びゃっこ、久しぶりじゃの。」


老法師が小虎をでる。


「・・もしかして、玄武げんぶの爺さんか?」


「昴殿、ご無沙汰したのぅ。昴殿がわらしの頃に一度お会いしたきりじゃ。中々、地上に出られないさがゆえ、お許し願いたいものじゃ・・。」


じょうじょうと琵琶が鳴る。


「わしの土地も大蛇オロチに荒らされてしまった・・。」


じょうと鳴る。


「ところで、お主らはこれからいずこへ行かれるのか?」


玄武様が問いかけると、凪様が答える。


「俺たちは大蛇オロチを追い、あいつをつ。」


玄武様がうなずくと今度は私に問いかける。


娘御むすめごはどうするのじゃ?すでにお主の体に大蛇オロチはおらん。」


私は、はっきりと揺るぎなく答える。


「私も行きます。大蛇オロチを倒して皆様と一緒に生きる。」


玄武様が目を細めると「黄竜こうりゅう様・・」とつぶやいた。


「・・そうか。大蛇オロチを倒すには天叢雲剣あまのむらくものつるぎ巫女みこくしが必要じゃ。つまり、男と女の力じゃ。どちらが欠けてもならん。お主らが互いを認め力を合わせた時、必ず光が差すであろうよ。」


じょうじょうと琵琶が鳴る。


「ここから東の比叡山ひえいざんにある寺を訪れなさい。」


再び、じょうと琵琶が鳴る。


「・・とはいえ、娘御むすめごの命は大蛇オロチによって削られておる。大蛇オロチを封印し、その悪しき力を閉じ込めておくには命を削るしかなかったことも確かじゃ。」


玄武様が私を見つめる。


可哀想かわいそうに・・。昴殿、この社殿の下に龍神様のき水がある。それを飲ませなさい。さすれば幾許いくばくかは命が回復する。」


それを聞いた昴様と双子のお二人が急いで社殿のほうへ向かっていった。


「ところで凪殿、お主の左腕の剣についてじゃが・・。」


「俺の左腕?」


玄武様が凪様をさとすように語りかける。


「・・気をつけなさい、それは正邪せいじゃつるぎ。正しきことにもよこしまなことにも、使いようによってはどちらにもなってしまう剣じゃ。力は持つだけではダメなのじゃ。正しく使うことが本当の力なんじゃよ。」


凪様がうなずく。


「わかってる。俺はこの左腕を正しく使う。大蛇オロチを倒し桜を守る。それだけじゃない、大蛇オロチを倒さなければいずれ国や民たちにも災が降りかかる。俺は、俺の守るべきものたちのために災を討ち果たす!」


玄武様が目尻のしわを深くして微笑んだ。


「その通りじゃ。・・あの双子もお主と同じ心じゃの。」


そして、私は昴様たちが運んできてくれた湧き水を口にする。

水はとても冷たくて、のどを通って体をうるおしていく。

うつわに満たされた清らかな液体の水面には月が浮かんでいた。

琵琶が鳴る。


娘御むすめごよ。・・いや、桜姫殿、お主は自分の心の弱さに気がついた。そして同時に心の強さにも気がついたのじゃ。弱さを認めれば強さに気が付く。強さしかわからなければ己の弱さにいずれ滅ぼされる。お主は己の意思で自分自身に変化を起こしたのじゃ。人の意思は未来を変えることができる。そなたはこれから意思を持って行動するのじゃ。そのことを忘れてはならんのじゃよ。」


「玄武様・・、私は心の弱い人間です。だけど、生きると決めた今は大蛇オロチが怖くありません。それに、私には凪様や昴様、白丸様、黒丸様がいます。私は仲間を信じて共に大蛇オロチを倒すと決めました。」


「・・桜姫殿は清らかで美しい心を持たれておる。心の強さは誠の強さじゃ。お主は黄竜こうりゅう様そのものじゃ。」


「私が、黄竜こうりゅう様・・?」


「そうじゃよ。」


じょうと琵琶が鳴る。


「昴殿、お主はどうするのじゃ?何のために戦う?」


「俺は娘を守るために戦う。たった一人の大事な娘だから。・・それだけだよ。」


「・・あのわらしが、随分と立派な男になりおった。」


玄武様が「ふぉふぉ」と笑う。


「さあ、そろそろお行きなされ。・・ただし、最後まで気をつけるのじゃぞ。」

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