第三十五話 丑の刻参り<中編>

やがて、石段を上りきると広い境内けいだいが視界に入る。

小虎がするすると肩から降りて私の腕の中に収まろうとすると、なぎ様が自然と手を離した。

すばる様が振り返って私たちに言う。


「もう少し行くと奥宮おくのみやがある。奥宮は磁場が強い場所だから慣れるまで時間がかかるかもしれない。みんなも気を抜かないようにね。」


--生きたい。


私は腕の中でナアナアと鳴く小虎のふわふわの中へぽふんと顔を埋めた。

小虎のふわふわの中は温かい。


--命の温もり・・。


小虎の温もりを感じているとじんわりと目頭が熱くなってきた。


「じゃあ、もう少しだからね。みんなもついて来・・・。」


顔をあげると昴様と目が合って小虎が昴様の肩へ飛び移った。

すると、昴様が私の手をとり優しく引き寄せる。


「大丈夫だよ、おうちゃん。」


私は昴様の胸で子供のように泣いた。

昴様は何度も優しく私の頭をでた。


奥宮おくのみやは本宮と中宮を出てからさらに石段を登った先にあった。

奥の中央に小さな社殿が鎮座ちんざして、その周りを木々がおおうように繁っている。

そこに足を踏み入れると静寂が一層の深みを増した。

そして、自分の心臓の音をやけに際立たせていく。

空気は重くもなく軽くもなく、肌にまとわりつく何かの感覚がじわりと伝わった。



到着するとすぐに昴様が陰陽術であやつ人形ひとがたを使って『儀式』の準備を進める。

私たちも昴様の指示に従って、しめ縄を張ったり呪符を置いたりした。


「桜ちゃん、疲れているでしょ?無理をしないで休んでいなさい。」


「いいえ、私も皆様と一緒にお役に立ちたいのです。」


昴様が少し黙った後で微笑む。


「・・ありがと。」


準備が終わると束の間の休息がやってきた。

昴様は私の肩を抱きながら寄り添い、凪様が私の手を優しく握ってくれた。

私は震える気持ちをなだめるようにその温もりを必死に覚えようとした。


「何かあったらこれを使って。」


儀式が始まる前に昴様が私に一つの短刀を手渡した。

短刀のつかには白と黒の五芒星ごぼうせい紋様もんようとして施されている。

私はうなずいて昴様の手からそのまもり刀を受け取ると自分の帯にした。


「桜ちゃん、大好きだよ。」


昴様がいつものように優しく抱きしめてくれる。

私の瞳から涙がこぼれた。

私は昴様の背に手をまわす。


「私も昴様のことが大好きです。」


そして、夜が深まり闇が濃くなっていく。

草木も眠る静まり返った暗闇の中で松明たいまつともされた。

しめ縄で囲われた空間に炎に照らされた不思議な魔方陣が浮かび上がる。

魔方陣の上には白と黒の駒が綺麗に並べられていた。

北に一と六、南に二と七、東に三と八、西に四と九、そして中央には五と十。

対になった数字はそれぞれ白と黒の駒で表されていた。


いよいよ『儀式』が始まる。

私は魔方陣の中央に膝まずくと、祈るように両手を胸の前で組む。

凪様が私の体を支え、小虎が首巻のようにり寄った。

程なくして、印を結んだ昴様がしゅを唱え始める。


--私も皆様と一緒に生きたい。


やがて、昴様が私を中心に北から円を描くように歩き始めた。

すると、私の体にかかる重力がわずかに薄くなるような感覚に包まれはじめる。


--生きてここに戻りたい。


続いて、狐の能面をかぶった白丸様と黒丸様が提灯ちょうちんを持ちながら魔方陣の周りを歩き始める。双子のお二人が昴様とは反対方向に向かって対角線上に等間隔でぐるぐると回る。

まるで、昴様の円周が天体から見下ろした地上のように、白丸様と黒丸様の円周が地上から見上げた天体のように。

まるで、それが渾天儀こんてんぎのように。


やがて、白と黒の駒がカタカタと音を立て始めた。

昴様の唱える呪が一層強くなると、魔方陣が怪しく光を放ち出す。

すると、光の波に押し上げられて、カタカタと振動している駒が意思を持つかのように宙に浮かび始めた。

駒が私を中心にゆっくりとした周回を開始する。

左胸のあざうずき出す。


--頭がぼうっとする・・。


そして、私は意識とともに暗闇の穴へ吸い込まれていった。

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