第三十七話 大蛇の復活<一>

闇夜の中を霧のような雨が降りはじめた。


すばるしゅを唱え続けている。

白と黒の駒がおうを中心にぐるぐると周回する。

桜の顔に苦痛が浮かび、小さくうめいた。


「・・ぅぅ、うぅぅ・・・。」


昴は桜の前で歩みを止めると、ふところの短刀を取り出してみずからのてのひらを切る。

赤い血が流れ落ち、血に染まった手でもう一度印を結んだ。

再び昴がしゅを唱える。

すると、魔方陣の怪しい光が一層強くなり駒がより早く周回する。

昴の印に力が込められると、桜の左胸のあざが光り出す。

そして、光に呼応するかのように魔方陣の中心から風が発生して辺りへ舞っていく。


「桜ちゃん・・・。」


昴は娘の名前をつぶやきながら蹌踉よろめくと、その場に膝をついた。


「伯父上!!」


双子が駆け寄って支える。

昴はひたいに汗を浮かべ、顔をゆがませていた。


「伯父上、止血をいたします。」


白丸がたもとの衣を器用にくと昴のてのひらに巻きつけていく。


「すまない。それよりも桜ちゃんを・・。」


その時だった、突然強い風が吹き荒れる。

風がザワザワと木々を不気味に揺らし、松明たいまつの炎が消えそうになる。

どこかの絵馬が風でこすれ合いカラカラと乾いた音を立てた。

魔方陣を囲むしめ縄がブチブチと音を立ててちぎれ出し、宙に浮いていた駒がバラバラと落下する。

桜の体が力なくかたむく。


「桜!しっかりしろ!!」


崩れ落ちるように倒れ込む彼女の体をなぎが力強く抱きかかえる。

桜は意識を失っていた。

小虎が飛び離れ、低くうなりながら白虎びゃっこの姿になっていく。

すると、桜の体から巨大な影がい出した。


「来るぞ!!!」


ズル・・、ズル、と不気味な音を立てながら影が魔方陣を埋め尽くしていく。

バチバチッと弾けた閃光せんこうが走る。

次の瞬間、バチンという大きな音とともに魔方陣が破られて巨大な影が外へい出ようとする。

影がズルズルと地を這い、奥宮おくのみやの一画に集まると霧雨きりさめとともに上へ大きくなっていく。

すると、突如として天空をおおった分厚い雨雲から次々に雷鳴がとどろいた。

凄まじい雷光に耐えきれず凪が目をつぶる。


「!!!!!」


続け様に雷神のごといかずちが次々と大地を目掛けて鋭い柱を突き立てた。

落雷した巨木から荒れ狂う炎が燃え上がり、辺り一面が火の海になる。

しかし、今度は風神のごとき猛烈な風が炎を押し退ける。

一気に視界が開けていく。

地獄の底から地響きがき起こり、燃え盛る炎の中、ついに大蛇オロチがその巨大な姿を現した。


「何だこいつは!?でかいぞ!!!」


凪たちの前方で八つの巨大な蛇が中心でとぐろを巻き、その巨体を大きくうねらせている。

凪が桜を抱えたまま左腕の剣に集中する。


天叢雲剣あまのむらくものつるぎ!!!!!」


たちまち左腕が白蛇のうろこに覆われていく。

凪の腕先からは恐ろしいほどの鋭いやいばが伸び、血を求める獰猛どうもうな戦いの化身が降臨した。

昴も立ち上がって叫ぶ。


「ついに出てきたか!!大蛇オロチ!!!」


昴が刀をさやから引き抜いた。


「昴、行けるのか!!?」


「行かない選択肢はない!!!」


突然、八つの頭の一つが凪を目掛けて猛烈に迫りくる。

凪が桜を抱えて大蛇オロチの攻撃をかわし、白虎が体当たりでその首に喰らいついた。

大蛇オロチが痛みにうめくと己の頭ごと白虎を地に叩きつける。

凪は桜をかばいながら前を向くが、さらに二体の大蛇オロチが襲いかかってくる。


「くそっ!!」


双子が凪の前に出る。


「お前の相手はこっちだ!!我々は若様と桜姫をお守りする!!!」


双子が同時に地を蹴る。

激走する双子の水平に構えた刀が大蛇オロチの口元から胴を目掛けてり裂いていく。

双子が蛇の胴体を叩き斬る。

ズドンという轟音ごうおんとともに二体の大蛇オロチが地に崩れ落ちた。

ベトベトした大蛇オロチうろこが双子にまとわりつく。


ひどい臭いだ、それに・・。」


「こいつっ・・!!?腐ってるぞ!!!!」


双子の前に新たな大蛇オロチが立ちはだかり、凄まじい勢いで頭を叩きつける。

双子が跳びかわす。

すると、さっき叩き切ったはずの大蛇オロチの胴体がビクビク動き出し、中から再び頭が生えた。


「何だと?!!」


双子が気を取られ、猛追してきた大蛇オロチの体当たりを喰らう。

鈍い音が響く。


「うあ゛っ!!!!」


双子が地に叩きつけられる。

真上から大蛇オロチが頭を振り下ろした。

凄まじい地響きとともに大地が削り取られる。


「黒丸っ!!!」


「兄上っ!!!」


二人は大蛇オロチの追撃をギリギリでかわした。

双子が再び大蛇オロチへ迎撃する。


双子の後方で、叩きつけられた白虎がうなりながら起き上がり、獣の雄叫おたけびをあげる。

襲いかかる大蛇オロチに飛びかかると、その邪目に鋭い爪を食い込ませた。

大蛇オロチが暴れ、白虎が喉元を喰いちぎる。

重い蛇の体がその場に崩れ落ちるが、すぐにビクビクと頭が生える。

白虎が凪と桜を守るように大地を踏みしめて、再び雄叫おたけびをあげる。


「白虎!!桜を頼む!!!俺は大蛇オロチを倒す!!!」


白虎が桜を背中に乗せて後ろに飛び退しさる。

昴が叫ぶ。


「凪!!狙うのは心臓だ!!心臓があいつの急所だ!!!」


凪は右手の刀を抜き、逆手さかてで握り締めた。

右手の刀と天叢雲剣あまのむらくものつるぎを二刀流に構える。


「心臓・・、あの巨体の群れのどこかに心臓があるのか!!?」


大蛇オロチの中心に心臓が・・!!」


しかし、二人の短い会話もままならない内に再び大蛇オロチの頭が猛烈に振り下ろされる。

大地を削る衝撃音が鳴り響く。

二人は攻撃をかわす。


「昴!!行くぞ!!!」


「無論!!!」


凪と昴が走り出す。


大蛇オロチの中心は・・・!!?あそこか!!!」


凪が照準を定める。


「昴!!俺はこのまま大蛇オロチに突っ込む!!!」


「俺もだ!!!」


昴が続けて叫ぶ。


「凪!!大蛇オロチは桜ちゃんの呪力でかなり弱ってる!!あいつの中心が腐って中が見えるのがわかるか!?その中に心臓がある!!!」


凪がとぐろの中心に目を凝らす。

大蛇オロチの腐った八つの胴がぐるぐると絡み合うそこに、どす黒い邪悪な熱を放ちながら動く何かを見た。


--あれか!!!


「見えた!!!!!」


凪が叫ぶと横から大蛇オロチが体当たりを仕掛けてくる。

巨大な蛇が凪の腹を食いちぎろうと牙をく。

凪が地を蹴り跳ぶとそのまま左腕で頭を叩き割る。

しかし、すぐに第二撃が凪を襲う。


「こいつ!!」


凪は大蛇オロチの攻撃をかわすが、蛇はそのまま昴へ喰らいつこうとする。


「昴!危ない!!!」


凪が叫ぶ。

すぐに昴の刀が一閃いっせんし、大蛇オロチの首が斬り裂かれる。


「俺も多少は刀を使えるんでね!!!」


二人が前を向く。


「このまま行くぞ!!!」


のたうち回る大蛇オロチを後に二人が激走する。


「!!!」


しかし突然、行く手をはばむように空から何者かが降ってきた。

鋭い刀が振り下ろされ、凄まじい金属音とともに昴がそれを受け止める。


「昴!!!?」


激走する凪が振り返る。

昴と刀を交えた何者かが視界に入る。


--あいつは・・・!天狗てんぐ!!


昴が叫ぶ。


「凪!!行け!!俺に構うな!!」


「・・わかった!!!」

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