第十八話 伝説のつづき

「助けるっていってもどうやって・・。大蛇オロチおうの体の中に封印されているんだろ?」


なぎすばるたずねる。


「ああ、大蛇オロチは桜ちゃんの中にいる。だけど、さっき俺は封印がだと言ったよね。つまり、封印が完璧でなければ封印を解くこともできるはずだ。」


「はず?」


昴は凪の問いかけに何かを考えるように黙ってから再び口を開く。


「そのための手筈てはずは整ってるよ。後は桜ちゃんの気持ちと凪の気持ち次第・・。」


--俺と桜の気持ち次第・・?どういうことだ?


すると、館のあるじが昴の言葉に続ける。


「凪、その話はまず私からしよう。」


主がゆっくりと立ち上がり息子の前まで近づいてくると、その手に一巻の絵巻を渡す。

絵巻の表装は、白地の和紙に銀箔でかたどられた家紋がいくつも細かく入っていた。


「これは、我がいえに代々継承される絵巻だ。凪も知っているだろう?」


凪が絵巻の紐をほどき、広げてそれを眺める。


「はい、これは大蛇伝説の絵巻。八岐大蛇ヤマタノオロチに殺されそうになった櫛名田比売クシナダヒメを助けるために須佐乃男命スサノオノミコト大蛇オロチを退治するという伝説の話です。征伐せいばつの際に切り落とした尾が剣となり天照大御神アマテラスオオミカミに献上される、でしたよね?」


「そうだ。」


主が同意した後にさらに凪が続ける。


「ただ、この伝説は武家や公家の者であれば誰もが知るところですが・・。」


「確かに、凪の言う通り誰もが知っている英雄譚だ。」


主が一度、言葉を区切る。


「・・だが、その話にも続きがある事を凪は知っているか?」



--続き・・、



凪は視線を留めずにその続きを思い出そうとするが出てこない。



--続き?



「知らなくて当然だ。そこから先はこの家の家督を継いだ者のみに言葉で伝えられる、口秘こうひだからだ。」


館の主は一度息を吐く。


「その剣は天照大御神アマテラスオオミカミに献上された後、正邪のつるぎとなる。正は神の御霊みたまを、邪は大蛇オロチの悪しき力を意味する剣だ。剣は災が起こる前触れに現れると伝えられ、その前触れを告げるために、剣を宿した赤子が産み落とされる、と。」


「その剣というのは・・・。」


「そうだ。凪、お前の左腕に宿った剣こそ災の前触れ、天叢雲剣あまのむらくものつるぎだ。」


凪は息を飲む。



--俺の、左腕が、災の前触れ・・。



凪は父親の話を聞きながら天狗てんぐの言葉を思い出した。


天叢雲剣あまのむらくものつるぎ・・。まさか君の体が絡繰からくり仕掛けになっていたとは。』


--あいつは大蛇オロチの復活を知っている?


「災というのはもしかして。」


「そうだ、八岐大蛇ヤマタノオロチの復活だ。そして言い伝えの最後はこう締めくくられる。」


主が凪を見据える。


大蛇オロチ蘇る時又神につるぎを賜わらん、星の授け給ふくしと共に、汝其剣を以て大蛇オロチを討ち果たせよ、と。」


凪は左手でこぶしを作るとその拳を眺める。


「・・大蛇オロチを討ち果たす。」


「凪、お前はこの話を聞かされてどう思った?」


凪が父親の方へ顔を向ける。


「父上、俺の左腕にあるものが天叢雲剣あまのむらくものつるぎだということも、左腕とともに生まれてきた理由もわかりました。むしろ、判然としたというか・・。自分の体になぜこんなものが埋め込まれているのか意味も分からず、ただ、その剣がひどく自分に馴染むものだという自覚に、剣が俺にとって必要なものだという漠然とした感覚を与えられていましたから。」


館の主が咳払いをしてから話す。


「このことが口秘である以上、息子であっても簡単に話すことはできなかった・・。私はお前に理由もなく、その左腕の剣のことを隠すようにしか説明できなかったことを詫びる。悪かったな。」


「いいえ、父上、そのようなことはありません。理由が分からなければ自分で探すまでです。勿論、剣の真実については今日まではっきりとは分かりませんでした。ただ、自分がこの剣の力を正しく使えば国のためになることも、それを考える機会を与えられていることも分かっていました。」


父親が目を細めて笑った。


「お前はその剣を生かすことができる。事実、先の戦でもその剣を上手く利用して窮地から逆転の勝利をものにしている。さらに、私の言葉に従って剣の使用を最小限に留めている。その剣の破壊力は凄まじいものがあるだろう。だが、。お前は剣の力だけでなく、自分の頭で考え戦況を理解して戦をくぐり抜けた。それがお前のだ。」


「父上・・。」


主の言葉を聞いた凪が敬意を込めて深々と頭を下げた。

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