第十六話 隠された姫君<前編>

「大殿、その前に私の娘から改めてご挨拶を。」


すばる様が私に視線を送りうなずく。

私はこうべを垂れて御当主様に初対面のご挨拶と、今までの感謝の気持ちを申し上げた。


「顔をあげなさい、おう。私もこの対面が初になってしまったことを詫びる。長年あのような狭い場所での生活を娘御むすめごいるのはこちらも心苦しいものがあった。可能な限り、お前が不便の無きように配慮したつもりだったが。」


「いいえ、不便など何もありません。私のようなゆえある娘がこうして生きながらえていられるのも大殿様のおかげです。」


私がそう申し上げると御当主様は優しいを笑みを向けてくださった。

御当主様の目尻のシワが深くなって、その温かい眼差しに私も笑顔になる。


「ふむ、お前は優しい娘だな。それに・・、亡き母にそっくりだ。鏡のように生写しだ。なあ、昴。」


御当主様がにっこりと笑って昴様を見つめると、昴様は小さい声で返事をする。そして、視線をそのままどこか下の方へ向けてしまった。


「昴様・・。」


私は昴様の気持ちを痛いほどに感じる。

そして、その手に温もりを伝えようと自分の手をそっと重ねた。

昴様が顔を上げる。


「・・桜ちゃん、ありがと。」


昴様の瞳にかすかな笑みが浮かんで、私の手を優しく握り返してくれた。

私も微笑みを返す。


「大殿、そろそろ宜しいですか?」


昴様が御当主様に向き直る。


「・・ああ、そうだったな。悪かった、昴。では始めようか。」


昴様はなぎ様たちの方へ向き直って話し始めた。


「実は今日、桜ちゃんと凪、そして白丸、黒丸に集まってもらったのは桜ちゃんのためだよ。」


「私の?」


昴様はうなずく。


「これから話すことは、大殿と俺と桜ちゃん以外に知る者はいない。」


昴様が白丸様の方へ顔を向ける。


「三年前、鬼神・八岐大蛇ヤマタノオロチが復活したことは知っているよね、白丸?」


「はい、父から聞いております。父の話によると、大蛇オロチは伯父上の手によって討たれましたが、討ち取る前に伯父上の奥方が被害に遭いその御命を奪われました。また、姫君に病をわずらわせた上、その後姫君も亡くなってしまった、と聞いております。」


「そう、はそうなってる。」


続けて黒丸様が不可解な面持おももちで尋ねる。


「表向き・・、ということは裏があるとでも!?」


昴様が再び頷く。


「表向きは、俺が大蛇オロチを倒して国家存亡の危機が事無きを得たことになっている。妻も娘も死んだ事になっている。なぜなら、その方が都合が良かったからだよ。・・だけど、真実は違う。あの日、桜ちゃんは陰陽道おんみょうどう禁忌きんきの術を使った。妻が先に殺されて残った俺を守るためにね。」


全員が昴様の話に聞き入る。


「だけど、今この瞬間にも大蛇オロチは桜ちゃんの体に封印されているだ。大蛇オロチは死んでいない。」


私は昴様の言葉に何か違和感を覚えた。

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