第十五話 はじまりの拍子木<後編>

「・・偶然ねぇ。」


鼻で笑ったすばるが冷ややかな流し目でなぎにらむ。


「そういえば最近、娘の部屋にねずみが入ったようでねぇ。結界用の呪符じゅふが風か何かで偶然外れたようなんだけど、呪符をほどこし直してもねずみは毎日のように娘のところへやってくる・・。」


昴の冷たい視線が凪を睨み続ける。


「ところで、そのねずみが誰か、『』ならご存知かな?」


「・・・おい、昴。『』はやめろ。俺を様付けで呼んだことないだろ?気持ち悪いな。」


今度は凪が昴を睨み返した。


「質問には簡潔にお答えいただきたい、凪。」


いつにもなく怒りの感情をあらわにしている自分の父親に対して、おうが間に入ろうとする。


「あのっ・・、父様。」


「桜ちゃんは黙ってて。それと『父様』はダメだよ。」


昴が桜にやんわりと訂正すると、凪が続ける。


「・・俺が桜を偶然見つけた。」


「だから?」


「もう少し彼女と話したいと思って、俺が勝手に会いに行った。」


「それで?」


昴が怒りを込めた低い声で語気を強める。


「それで、桜に?」


「何もしていない!俺が勝手に会いに行って話をしていただけだ。ただ、--」



--桜に触れてみたいと思った。



すると、二人の物言いを心配そうにうかがっていた桜が昴へ向き直って手を握る。


「昴様。凪様が偶然に私を見つけたというのは本当です。信じてください。だけど・・、私がいけないのです。その後、凪様に『引き合わせの鈴』をお渡ししたのは私です。凪様と一緒にお話をするのが楽しくて・・、またお会いしたくなったのです。だから、つい・・・。」


昴は今にも泣き出しそうに訴える桜に優しく微笑むと、彼女の腰に手を添えて引き寄せる。

その手を見た凪は苛立いらだちを覚えた。


--桜は俺をかばおうとしている。俺の方が彼女に会いたいと願ったのに・・。


「うん、桜ちゃんが鈴を渡したのは知っているよ。あの小箱から鈴がなくなっていたからね。だけど、会いに来ると言ったのは凪でしょ?桜ちゃんがそんなこと言うはずない。こいつを庇わなくていいんだよ?」


「でも、私が--」


腰を抱えられた桜が昴にもたれるように体を寄せて言うと、凪が声を荒げた。


「その手を離せ!自分の娘だからってやりすぎだ!」


凪が桜の肩に手をまわしてぐいっと自分の方へ引き寄せると、桜は力強い腕の中に囲われる。


「あの、凪様・・。」


桜がわずかに頬を染める。


「俺の娘に気安く触るな!」


パシンと音が鳴って昴がすぐに凪の手を払いけると、再び娘の肩を引き戻して凪を睨む。

その様子をハラハラしながら見ていた白丸が口を開いた。


「ま、まあまあ、お二人とも、ここは大殿の御前ごぜんですから、とりあえず喧嘩はそのくらいにしないと・・。」


やっとの思いで白丸が口を挟むことで、女の取り合いになっている喧嘩に助け舟が出された。言った後で白丸は冷や汗をぬぐっている。


「相変わらず、若様と伯父上ときたら・・。二人とも普段は仲が良いのですが、一度喧嘩が始まるとお互いに引きませんから・・。」

 

苦笑いを浮かべた黒丸が溜息ためいきをつく。

すると、その様子を見守っていた館のあるじが愉快そうに笑い出した。


「はっはっは!仲が良くて結構!それに、凪に懇意こんいにしている娘がいたとは驚いた。お前は今まで女の『お』の字も出てこなかったからなぁ。父親としては嬉しいぞ。」


凪はきまりが悪そうに下を向く。


「懇意というわけでは・・、それに、そのように言われては桜も困るでしょうし・・。」


「ふふふ、まあ良い。」


主が凪の様子を嬉しそうに眺めてから昴へ向き直る。


「昴、凪は何もしていないと言っている。まあ・・、大切な一人娘の部屋へ男が通うというのは父親として心穏やかではないだろう。だが、私の息子は真面目な男だ。信じてやってくれないか?」


「・・・そうですね。」


昴は渋々と返事をすると、凪からフンと顔を背ける。

それを見た主が困ったように笑うと、今度は双子へ視線を向けた。


「ところで、白丸と黒丸は桜と会ったことがあるのか?」


「はい、我らは伯父上と同じ陰陽道おんみょうどう一門ですから幼き頃に一度だけお会いしたことがあります。ですが・・。」


白丸の話に黒丸が続ける。


「ですが、確か、桜姫は三年程前に病で亡くなられたのではなかったですか?」


「ん?桜が昴の娘なんだろ?目の前にいるじゃないか。」


話が飲み込めないといわんばかりに凪が黒丸を振り返ると、主が続ける。


「・・そうだな、今日はそのあたりも含めてみなに話がありここへ呼んだ。これからのお前たちに関することだ。それでは順を追って説明しようか、昴。」


館の主が昴へ話の続きをうながした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る