第十三話 予感。

夜明けの薄い光が部屋を染めはじめる。

私はゆっくりとまぶたを開けると体の片側が暖かいことに気が付く。

隣を見るとすばる様が私の頭のあたりに顔を寄せてすやすやと眠っていた。

昨夜は添い寝をすると言ってきかなかった昴様に根負けして一緒に眠ることになった。子供のように眠る昴様は私の手を握ったままだ。


「まったくもう・・」


そうつぶやいて昴様を起こさないように苦笑する。

私は小さく吐息をつく。

そして、なぎ様がいてくれた自分の髪に触れた。


--結局、凪様は昨日も来てくれなかった・・。

--かといって、昴様に何も言わず、勝手に凪様とお会いしているところを見つかったらどうなっていたか分からないし・・。



ふいに耳元で声がする。


「・・桜ちゃん。」


「昴様・・、おはようございます。」


「ん、おはよ・・。まだ早い時間だね。眠れなかったの?」


私は斜め上の昴様の顔を見上げる。

二人で見つめ合う。


「いえ、そういうわけではないのですが目が覚めてしまって・・。」


「ふぅん・・、そう。」


昴様が私のひたいにかかった髪を直しながらしばらく沈黙する。


「・・今、誰のこと考えてた?」


「え?」


昴様は私の髪をすくい上げてから、するすると流れるように指先からこぼれれさせる。

沈黙が続く。


「・・・何でもない。」


そう呟くと私の肩を引き寄せ、髪に口づけをした。


「朝はまだ冷えるから、もう少しこうしていてもいい?」


「・・昴様?」


昴様が私の髪に顔をうずめるように優しく抱きしめる。


「桜ちゃんの香り、大好きだよ。」


--どうしたんだろう・・?いつもだったらもっと強引な言い方なのに・・。


昴様の言葉がなぜか寂しそうに響いたことに少し居心地が悪くなった。

私は隣にある温かい体の方へ身を寄せ、昴様の背中に手を伸ばす。


「桜ちゃん?」


「父様は私にもっと甘えてほしいのでしょう?」


昴様の胸に頬をあてる。


「・・うん、ありがと。桜ちゃんは優しいね。離さないよ。」


温かい昴様のてのひらが、何度も私の頭をでた。


「今日は一緒に大殿のところへ行くからね。桜ちゃんに大切な話があるんだ。」


「御当主様に?」


--凪様のお父様に・・?


「うん、すごく大切な話。・・多分、その時にねずみ君にも会えると思うよ。」


「大切な話って・・?それに--」


「それは後でね。だから、それ以上考えるのはやめよ、ね?」


昴様がもう一度私を抱きしめる。


「・・今はもっと桜ちゃんに甘えて欲しいから。」


「でも・・。」


「ほら、まだ朝は早いから良い子はもう少し眠ろうね。」


昴様の綺麗な指先が私の頬を撫でる。

私は触れられた感触から昴様の優しさを感じる。


「まだ俺だけの桜ちゃんでいて欲しい・・。ずっとそばにいてよ。」


「ふふ、私はいつも昴様のおそばにいますよ・・。」


「・・うん。ずっと一緒にいようね・・。」


昴様に頬を撫でられていると子猫のように眠気を促された。

私はそのまま小さくうなずいて眠りに落ちていく。

隣の温もりが私の体温と溶け合って、とても心地良い幸せな眠りについた。



陽が昇り、支度したくを整えると昴様が迎えに来た。


「桜ちゃん、今日も綺麗だよ。それでは行こうか。」


昴様がみやび所作しょさてのひらを差し出す。


「お手をどうぞ。」


「はい、昴様。」


私は昴様の掌に自分の掌を重ねる。

わけも分からないまま、だけど何かが動き出しそうな不思議な予感とともに・・。

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