第十一話 赤天狗<前編>

夕闇が辺りを支配しはじめていた。

空には上弦じょうげんの月が浮かび、風がザワザワと草木を揺らす音、視線の先には一匹の赤天狗あかてんぐが立っている。


「我々に何の用だ!?そこを退け!」


双子がなぎの前へ出て叫び、天狗を見据えた。


「これはこれは、威勢のいい白狐と黒狐ですね。」


天狗はなまめかしい声音で言うと、刀をさやからゆっくりと引き抜いた。

刀と鞘のれる嫌な音が響く。


「僕は凪君に用がある。退いてもらうのは君たちの方ですよ。」


馬のくらを蹴ってひらりと舞い立った白丸が鋭い双眼そうがんで天狗を射抜く。

次いで黒丸が横につく。


「若様をお守りするのが我々の役目!刀を仕舞い、そこを通せ!」


「嫌だと言ったら?」


天狗が喉の奥を鳴らして笑う。


「お前をる!」


「斬れるものなら。」


言いながら唐突に天狗の髪がぬらりと伸び無数の蛇に変わると、双子を目掛けて襲い迫る。


「うお!なんだ!?」


「兄上!!相手はあやかしのようです!」


「問答無用ということか!黒丸!いくぞ!!」


双子がほぼ同時に刀を抜き、天狗を目掛けて駆け出した。

手に持った刀は襲いかかる蛇をなぎ払い続け、黒い血飛沫ちしぶきが激しく舞い散る。


「狐はなかなかにすばしっこいねぇ!」


双子と天狗の刀が激しい応酬を繰り返す。

それと同時に、天狗の蛇が容赦無く襲いかかり、白丸と黒丸が叩き落とす。


「くっ!蛇の数が多い!!」


「黒丸!間合いを詰めるぞ!!」


双子が視線を合わせ同時に駆け出すと、蛇を斬り刻みながら天狗へ向かっていく。

天狗と距離が縮まった瞬間、白丸が刀を振りかざして宙を舞った。

黒丸が天狗の下から切り上げるように刀を振るう。


「小狐どもが!小癪こしゃくな!!」


金属と金属の激しくぶつかり合う音が響き渡る。

天狗は黒丸の刀を振り払い、上から振り下ろされた白丸の刀も振り払った。

その瞬間、天狗にすきができる。


「隙あり!!」


すかさず黒丸が天狗の喉元のどもとを目掛けて切り込む、天狗の刀が間に合わない。

鈍い音が響き、一瞬の静寂に包まれる。


「おのれ・・、小狐め!!」


すんでの所で、黒丸の一撃を天狗の籠手こてが受け止めていた。

天狗がウメき、籠手こてから黒い血飛沫ちしぶきあふれ出る。

めり込んだ刀を黒丸が引き抜こうとするがわずかかに持て余した。

その隙を見逃さない蛇が黒丸の腕を絡めとる。


「黒狐こそだ!!」


「ぐぁっ!」


無数の蛇が黒丸の体をい上がりながら、そのまま上空へ伸びて押しやっていく。


「黒丸!!」


兄は弟に絡みついた蛇に斬りかかる。

それでも蛇が次から次へと弟の首元を目掛けて締め上げていく。

天狗が叫ぶ。


「白狐!よそ見をしていると危ないよ!!」


「何!!?」


白丸が振り向くと、天狗が間合いを詰めて刀を振りかざしていた。

天狗の刀が兄へ振り下ろされた瞬間、


「白丸!!」


凪が斜め後ろから走り込み、白丸をかばうように右手の刀で受け止めた。

しかし、それと同時に天狗から伸びる蛇が黒丸の体を締め上げて地に思い切り叩きつける。

黒丸が呻き声をあげる。


「白丸!一旦離れろ!!」


凪は白丸に向かって叫ぶと、ひるがえって黒丸へ激走しながら伸びた無数の蛇を斬り裂いていく。


「黒丸、無事か!!?」


「若様、申し訳ありません・・。」


黒丸は血が流れ出る腕を押さる。

すぐに凪が背後の殺気に気付く。


「だからよそ見は危ないと言っているでしょう!?凪君!!」


「っ!」


振り返ると凪に迫った天狗が刀を振り下ろした。

凪が右手の刀で何とか振り払うが、相手の猛追してきた勢いのまま再び刀が振り下ろされる。


--くそっ、このままだとられる!!!


刹那せつな、凄まじい金属音とともに凪の左腕が天狗の一撃を受け止めた。


「・・・やっぱり君だったのか。」


ニヤリと笑った天狗が凪の左腕をめるように目を見張る。


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