第九話 蛇の影<中編>

私は物心ついた頃から自分の中にある巨大な力の存在を自覚していた。

両親もその力の存在に気がついていた。

それを上手く扱えるようになれば国の役に立つと、両親は幼い私に陰陽おんみょうの術を身につけさせようとした。

けれど、内にある力は幼い私にとって大きすぎてそれをどうやって制御すればいいのかわからなかった。


私が十二になったばかりの頃、私の寝屋ねや大蛇オロチが忍び入ってきた。

そして、私の魂を喰わせろと言った。

私の魂は星の配置が五芒ごぼうになる新月の夜に生まれた特別なものだから、その魂を喰らうことで絶対的な破壊の力を手に入れることができると言った。

そのために私の魂を喰らいたい、と。


悲鳴を聞いた両親がけつけたけれど、かばおうとした母様が目の前で殺された。

父様が駆け寄って母様を抱きかかえると、悲鳴にも似た声で母様の名前を叫び続ける。

母様のてのひらが父様の頬に触れる。


『あなた・・、桜ちゃん、を・・守って・・・。』


父様が懸命に何かを叫び続ける。

私も必死に血塗ちまみれの母様の体をする。


『母様!!母様!!』


母様のてのひらが私の頬に触れた。

私はその手を握り返す。

けれど、その手はすでに冷たくなりかかっていた。


『・・桜ちゃん、、生きなさい・・・。』


やがて母様が息絶え絶えになっていく。

母様が弱々しくつぶやく。


『・・・愛し、てる・・。』


『母様!!!ダメ・・、死んじゃダメ!!!母様!!!』


母様は私の言葉に応えることもなく、その瞳が生気を失い閉じていった。

父様が私たちの前に出て叫ぶ。

その手が怒りに震えていた。


大蛇オロチ!!なぜお前がここにいる!!?お前はすでに滅びたはずだ!!!」


大蛇オロチは問答無用に猛烈な速さで襲いかかる。

その頭を父様の刀が激しく叩きつける。

斬られた肉の間から黒い血が噴き出して巨体が痛みにもだえながら咆哮ほうこうする。


『桜ちゃん!!こっちに!!!』


父様が私をかばうように片腕に抱える。

容赦ようしゃ無く大蛇オロチの頭が次々にふるい落とされ、衝撃音が響く。


『くそ!!!』


父様の使役しえきする式神しきがみが蛇に突進していく。

蛇の喉元のどもとが喰いちぎられる。


『桜ちゃん!!俺の後ろに下がって!!!」


蛇の巨体が大きくうねりながら襲い狂う。

一体の大蛇オロチが猛烈な速さで迫り、父様が刀で応戦する。

次の瞬間、鈍い音が響くと父様が片膝をついた。


『父様・・、血が・・、大丈夫ですか!!?』


『俺のことはいいから!!桜ちゃんは下がって!!!』


巨大な大蛇オロチがぬらりと狙いを定めると一斉に父様を目掛けて猛攻もうこうを仕掛ける。


『桜ちゃんを絶対に守る!!!』


刀がひらめき蛇の頭を叩き斬る。

頭の無くなった蛇の巨体が不気味にのたうち回る。

式神の猛烈な一撃が大蛇オロチの一体をなぎ倒す。


『桜ちゃん、ここは危ない!!俺が引き付けている間に逃げなさい!!!』


『そんな!!父様を置いて一人で逃げるなんてできません!!』


『桜ちゃんは生きるんだ!!だから逃げなさい!!!』


再び襲ってきた大蛇オロチに父様の刀が鋭く一閃いっせんする。

頭に刀を突き刺し、すぐに叩き落とす。


『俺はあいつを倒す!!だからここに残る!!』


それでも、恐ろしい力は父様の命までも奪おうと襲いかかる。

蛇の一体が父様目掛けて激しく体当たりさせた。


『うあっ!!!』


硬い鱗に覆われた蛇の巨体が父様を突き飛ばす。


『父様ーーーー!!!』


--ダメッ!!やめて!!父様を殺さないで!!!


私は力を使おうとする。


『私の父様を傷つけないで!!!』


左胸にきざまれたしるしから凄まじい光の柱がほとばしる。

大きすぎる力。

内からあふれれ出る巨大な力を必死に支配しようとするけど、力の強さに太刀打たちうちできない。

立ち上がった父様が私の光に気付いて振り返る。


『桜ちゃ・・!!』


だけど、自分の巨大な力を制御するすべはなかった。


『ああぁぁぁぁぁ!!!!!』


私はそのまま巨大な力に吹き飛ばされる。

父様が私に気を取られた。

その隙を突いて大蛇オロチが食い殺そうと牙をく。


『!!』


--このままじゃ父様が死んじゃう!!やめて!!!!!


私は咄嗟とっさ陰陽道おんみょうどう禁忌きんきの術を思い出す。

父様の書庫で遊んでいる時に偶然見つけた陰陽道における禁忌の術、封印のしゅ

私はその呪を使った。

呪を唱えた瞬間に目の前が暗くなっていく。


『桜ちゃんっっ!!その呪は使っちゃダメだ!!!』


大蛇オロチがうねりながら咆哮ほうこうした。


『桜ちゃん!!!!』


叫ぶ父様の声が遠ざかって記憶が途絶えた。




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