第七話 白丸黒丸<後編>

「それに時々なんですけど若様からいい匂いがするんですよねー。サクラの香りみたいないい匂い・・。」


そう言って白丸がなぎに話を促すように視線を送る。


--おうの香り・・


凪は桜の香りを思い出そうとする。


柔らかい髪を指でいた時の感触、

驚いたようなうるんだような黒い瞳で見つめられた息苦しさ、

つぶやかれた言葉の甘い響き。


彼女を想うと凪の心は細波さざなみに揺れた。

それと同時にどうにもならないもどかしさがこみ上げてくる。

凪は自分の表現しきれない気持ちをなだめようと馬の立髪たてがみいた。


「若様、どうなんですか?もう、隠さないでくださいよー。」


凪は白丸の問いかけに応えず、自分の気持ちを持て余す。

しかし、すぐに馬の「ヒヒン」という鳴き声で我に返る。


「言っている意味が分からないな。行くぞ。」


「あ!はぐらかすなんて水臭いじゃないですかー!女がいるなら我々にも教えてくださいよ!だよな、黒丸?」


「・・興味があるのは兄上だけでしょう。私を巻き込まないでください!」


凪は嬉しそうについてくる側近の一人にあきれつつ馬の速度をあげる。


白丸と黒丸は双子の兄弟で凪の側近だ。


凪が元服げんぷくを迎えた翌年に双子の兄弟が凪のもとへやってきた。

年は凪の二つ下。

二人とも陰陽道おんみょうどう・安倍一族の出身でありながら陰陽術よりも剣の腕が立つ。

当時、凪の父親と朝廷で宮仕えする陰陽師のすばるには親交があった縁から、双子は凪の護衛として仕えるようになった。


双子の兄は白丸と、弟は黒丸といった。

凪と双子はすぐに兄弟のように打ち解けて、互いに剣の腕を競い合いながら成長していく。やがて二人は凪とともに戦場をせ、勲労攻伐くんろうこうばつの勝利を凪に捧げた。


双子は相似そうじな容姿だが、対称的な外見とは真逆の対照的な性格だった。

白丸は人懐ひとなつこい性格で、黒丸は兄とは反対に臣下のお手本とでも言えるような堅物男かたぶつおとこ


さらに言えば、彼らは名前も格好も白黒と区別がつきやすい。

白丸は白い戦装束いくさしょうぞくに身を包み長い白銀の髪を後ろでっている。

黒丸は黒い戦装束に漆黒しっこくの黒髪を同じく後ろで結っている。


この相似そうじであり対称的な双子は凪にとって信頼できる側近たちだ。


--ここを抜ければもうすぐ館に着く。


夕闇の迫る荒野こうやを馬で駆けている時だった。

突然、道を塞ぐように天狗てんぐが一匹立っていることに気が付く。

吹き抜けた風が荒野に茂る背の高い植物を不気味にざわつかせた。

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