第六話 白丸黒丸<前編>

なぎは内政の仕事へ関わるようになってから毎日のように書類に目を通しては領内の地頭じとうからの報告を受けていた。しかし書類だけではいまいちつかめない感覚もあった。だから実際に自分の足で、その目で、確かめたくなったのだ。

凪はわずかな側近とともに領地視察におもむいていた。


視察では様々な収穫があった。

実際に報告された内容に相違ない例もあれば、不正によって改竄かいざんされた報告もあった。


--館に戻って親父に報告すれば何人かの地頭は処分されるだろう。


不正を行った地頭によって搾取さくしゅされた土地は一部の人間が利権を得て貧富の格差が生まれていた。厄介なのはいくさによってもたらされた混乱がその差をさらに大きくしようとしていたことだった。

人々の営みは戦禍せんかによって壊され、人の流れも物の流れも価値基準もすべてが狂ってしまった。戦争が残した爪痕つめあとは人々の生活に生々しく残り、尚もむしばんでいく。ただ、それでも生き残った人々は再び豊さを求めて、家を作り、田畑を作り、集い合い、助け合う。混沌の中でさえ。


--これから仕事も増えるだろう。だが民の繁栄のためにも新たな施策しさくを講じ、改めるべき施策もありそうだな。


凪は館へ馬を急ぎ走らせる。


--帰ったらおうに逢いにいこう。


『お待ちしています。』


そうつぶやいた桜の顔がよぎる。

頬を桜色に染めていじらしく袖裾そですそを引かれた。


--参ったな。あんな顔をされるなんて・・。


凪は首を振ると馬の手綱たずなを握り直す。


やがて開けた荒野こうやの前に出た。

陽は傾きかけているがここを抜ければ館はすぐだ。

凪は馬を止めて側近たちの方へ振り向く。


「館まで後少しだ!疲れた者がいればしばし休む、そうでなければこのまま行く!」


「はっ!このまま館へ!」


凪は手綱をって再び馬を進める。

そんな凪の背を見ながら側近の一人が話しかけた。


「若様、何だか最近はご機嫌が宜しいですね。何か良いことでも?」


側近の一人が凪の方へ馬を寄せる。


「白丸、無駄話か?館が近いからといって油断するなよ。」


「はいはい。相変わらず真面目ですね。でも、最近の若様はもっぱら我々の噂の的なんですよ?」


凪とは割と打ち解けて話す白丸という男は含んだ笑みを見せる。


「ん?何のことだ?」


「いやー、だって、最近の若様は仕事をさばく量が半端じゃないでしょう。それに、いつもだったら休む間も惜しんで仕事をしている若様がしっかり休憩を取ったりしてるんだから。」


白丸がさらに馬を寄せる。


「何だか休憩を絶対に取ってやるんだっていうすごみを感じるくらいですよ。まぁ、・・どこにお出かけかは知りませんが。」


凪はどきりとした。


「お前、俺がどこへ行くのかわざわざ見張っていたのか?」


「嫌だな、そんな悪趣味なことはしないですよ。それに後を付けたって若様だったらこっちの気配でわかっちゃうでしょ?」


そう言うと白丸は片目をつむる。


「でも我々は嬉しいんですよ?戦に行けば先陣を切って敵に突っ込んで行く戦いの化身みたいな若様にやっと女でもできたんじゃないかってね。だって、戦と仕事以外にやることないんじゃないかってくらい女っ気なかったから・・。」


凪は黙る。

すると、もう一人の側近が白丸をたしなめるように割って入る。


「兄上!若様にそのような口振りをするなんて失礼だよ。若様、私の兄が非礼を致しました。この黒丸が双子の兄に代わってお詫び申し上げます。」


白丸の後ろからすっと馬を寄せた男が胸に手を当てて深く一礼する。


「黒丸、俺だけ悪者にするのはやめろよな。お前だって少しは興味があるだろ?」


「私は何も言ってないですよ。兄上と一緒にしないでください。」


黒丸はきっぱりと断って双子の兄をふんとにらみ付けた。

白丸は睨む弟の視線も気にせず凪に向かって話を続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る