第五話 過保護

ここ三日の間、なぎ様のお姿を見なかった。


--きっとお仕事が忙しいのだろうと思っていたけど、やっぱり私があんな風に言ったりしたからここへ寄らなくなってしまったのかな・・。

--どうしてあんなことをしてしまったのだろう・・。

--だって急に凪様が私の髪を・・。


そんなことを堂々廻どうどうめぐりで思い悩んでいると、世話係の人形ひとがたたちがザワザワと騒ぎ出したのに気がついた。

すると、廊下の向こうの方から慌ただしい足音が聞こえてくる。


--もしかして。


おうちゃーん!!帰ったよー!!」


ガラッと勢いよく部屋に入ってきた人物は私を見つけるなり満面の笑みを浮かべる。


「桜ちゃーん、ただいまぁーー!!」


駆け寄ってきたその人物に私はぐいっと抱き寄せられて頬を合わせる。


「ごめんねぇ、遅くなっちゃって。寂しかった?寂しかったよね?俺も寂しかったよーー!!」


そう言って無理やり頬に口づけをされる。


「ちょ、すばる様!」


ぐぐぐっと昴様の顔を遠のけようとするけれど男の力にかなう訳もなく再び抱き寄せられた。私は何とか背を向けて逃れようとするけれど、そのまま昴様の腕の中でつかまってしまう。


「ぅんん・・、この前帰られたばかりではないですか。こんな・・、大袈裟おおげさです!」


私はつかまったまま昴様に抵抗する。


「あの日は火急かきゅうの用事があったから・・。でも仕事が山積みですぐに戻らなくちゃならなくてね。あちらは人使いが荒い連中ばかりで嫌になるよ。こうやって桜ちゃんを抱きしめる時間もなかったくらいなんだからね。」


「火急の用事って、何ですか?」


私の問いかけに答える間も無く昴様が問い返す。


「んー?あれ?もしかして少し大きくなった?」


--え?大きくって?


「?」


私は何となく違和感のする胸の方へ恐る恐る視線を下ろすと・・。

昴様が後ろから抱きしめる格好で私の胸に手を当てている光景が視界に入る。


「ちょ、ちょっと!父様!どこを触っているんですか!おたわむれもいい加減にしてください!!」


咄嗟とっさに身をひるがえして昴様の体を押しやる。

だけどやっぱり男の力にはかなわない。


「あぁ!もう桜ちゃん、可愛い!いい匂い〜〜!!」


昴様はぐりぐりと私の頬に顔をり寄せて満足そうに抱きしめる。


「でも父様っていうのはダメだよ。ちゃんと俺の名前で呼んでくれなきゃ離さないから。」


私の耳元でささやく声は甘く、吐息のかかった首筋が波立つように震えた。


一見すると二十代の若さに見えるこの男性は私の父親で、陰陽道おんみょうどう安倍一族の一人、昴様。普段は陰陽頭おんみょうのかみとして大内裏だいだいり陰陽寮おんみょうりょうを取り仕切っていて、みかど様や関白様のおそばでまつりごとの助言や祭事を行うような優秀な方。


容顔美麗ようがんびれいで人当たりも良くお仕事もできるから御婦人方に大人気!なのに・・、

正妻である母様を亡くしてからは再婚のお話が数多あまたとあってもすべてお断りしているようで、ずっと独り身を通しているのが娘としては心配になってしまう。


お勤め中は家の方に中々お戻りにならないのだけれど、いとまを見つけては押しかけて・・。あ、違う、ご帰宅されては娘の私に惜しみない愛情を注いでくださる。


愛情表現が過激すぎるのが困りものなのだけれど・・、それでも母親を失った私にはたった一人のかけがえのない父親。


--過保護すぎると思うけど、嫌じゃないと思ってしまうのって、私、変なのかな?


昴様に悪気はない(多分)のはわかっているし、私のことを本気で愛してくださっている。私も本当に嫌なら拒絶すればいいのはわかってる。

けれど、自分の意識の中で昴様を許容していることに何となく気が付いていた。


--・・そんなことより、今はこの状況を何とかしないと!


「あのっ・・!昴様・・!もう少し、普通にご帰宅できないのですか?」


私はムッとした顔を昴様に向けてみる。


「・・・ごめーんね。でも、怒った顔も可愛い!だーい好きだよ、桜ちゃん!!」


昴様は端正たんせいな顔を一瞬しょんぼりさせた後、すぐに嬉々ききとして抱きしめてきた。

嗚呼ああ、やっぱり逆効果だった・・・。

ぎゅうぎゅうと抱きしめられながら私は諦めて項垂うなだれる。


「桜ちゃん!せっかく帰ってきたんだから『おかえり』してもらいたいなぁ。ねぇ、ダメ?」


昴様が私を抱きしめる力はさっきよりどんどん強くなっている。


--・・・もう、負け。


諦めた私は昴様の方へ改めて向き合い、大きく溜息ためいきをついた。


「もう、本当に困った方ですね・・・。でも、・・お帰りなさい。」


私はそう言って昴様の頬へ手を触れると思わず苦笑してしまった。


昴様はじっとこちらを見つめるとそのまま両手を伸ばしてぐいっと無言で私を抱きしめる。


「ただいま、桜。」


一瞬、私は心の奥に誰かの優しい眼差まなざしを感じた。

遠くに笑顔が見えたような気がした。

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