第三話 待ち人来る

「こんにちは。」


なぎ様は今日もここへ来てくれた。

瞳を細めながら整った笑みを向けられる。


「こんにちは、凪様。」


私も嬉しくて顔がほころぶ。

凪様と出会ったあの日から、毎日のように私のところへ来てくれるようになった。ほとんど一人の生活に慣れてしまった私に訪れたささやかな人との触れ合い。気づけば私も凪様の訪問を楽しみに待つようになっていた。


「今日は何をしよう?君は何がしたい?読書?歌?それとも・・、また音合わせでもする?」


凪様は屈託くったくのない笑顔で問いかけながら、私の近くへ腰を下ろした。

私がお茶を差し出すと凪様が「ありがとう」と受け取る。


「音合わせがいいのでしょう?今日はうたわれないの?笛をお持ちのようですから。」


「ふふ」と笑い、凪様の帯に挿してある笛を見て思ったままを言う。


「あー、これ、見つかったか。君の笛が気に入ったから今日は俺も笛を持ってきたんだ。仕事の合間にここへ来ているから他の楽器だと大きくて目立ってしまうからね。」


凪様は手に持った笛で反対側のてのひらをぽんぽんと軽く叩く。


「それに唄には言霊ことだまが宿るから・・。少し緊張する。」


「そうですね。言葉にはたましいが宿ります。私も唄は緊張します。」


すると、凪様は何かを言いたげな瞳で私を見つめた。


「お勤めはお忙しいのですか?」


「・・うん、今はすごく忙しいよ。先のいくさとどこおっていた内政の問題が山積みだからね。」


凪様がふぅと溜息ためいきをつく。


「戦・・・。」


「ああ、とても激しい戦だったよ。こうしてここにいられるのが不思議なくらい。」


凪様と話すようになって少しだけ彼のことを知るようになった。

この館の主の御子息ごしそくであること、数年間続いた戦が終わり今は自領の内政を担っていること、そのほかにももっと他愛のないことも。

それでもなぜか私の素性について問いただすようなことはなかった。

きっと気になっているのだろうけれど・・、聞かれてもどう答えていいのか分からなかった。


おう、どうかした?」


「え?」


凪様が私の顔を覗き込む。

その瞳が近づいて思わず鼓動が跳ねた。


「急に黙るから。」


「ううん、何でもない・・。」


「そう・・。それでは改めて、一曲お手合わせをお願いしても?」


「もちろん。」


私は凪様へ笑顔を向ける。


楽器を構えて互いに視線を合わせると自然と曲が始まる。

私たちの笛の音が、それぞれ一つになる。

二人の旋律が近づいては離れ、離れては近づく。

時々、まるで手をつないだ音が少し離れては、並行に上下に左右に、自由に飛びった。

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