第50話


 ただ、昨日まで見た口裂け女とは違う点もあった。


「口裂け女さん! あれ、うちの制服? なんで?」


 彼女はどうしてか、きさらぎ高校の制服に身を包んでいるのだ。背が非常に高いからか、制服のスカートも相対的に長くしているようで、一昔前のスケバンに見えなくもない。

 それにしても、どうして往年のコスチュームを捨てて、ターボ達のような制服を着ているのか。気になった百が聞くよりも先に、ターボが説明した。


「オレ達の話を聞いてさ、同じような体験をしたくなってみたくなったんだってさ! そんでもって名前もリネーム、口裂け女から口裂くざきはさみにリニューアル! ほら、百クン、鋏サンって呼んであげて!」


「え? あ、うん……よろしくね、鋏さん」


 そういう事情ならば、と、百は口裂け女、もとい鋏の名前を呼ぶ。


「え、えへ、わ、わたし、キレイ?」


 マスク越しにも分かるくらい、彼女の顔は真っ赤だ。


「うん、すごく似合ってるよ、制服」


「こ、これでもぉ?」


 蕩けた笑顔を隠し切れないまま、彼女はマスクを外し、裂けた口で笑った。

 見る人が見れば逃げ出しかねない口だが、百からすればすっかり慣れたもの。当たり前のことを、と言わんばかりの口調で、やや楽しげに返事をする。


「うん、今は僕達にしか姿は見えないし、マスクもいらないんじゃないかな?」


「へ、えへ、うぇへへ」


 りんごのように顔を赤くして、頬に手を当てて照れる鋏。

 仲睦まじい様子の二人を見つめるのは、ターボお姉さん含めた都市伝説の面々。


「姉さん、あれ、話が噛み合ってるって認識でいいの?」


『もちろんよ、鋏ちゃんも嬉しそうだし』


「ねえ、てけちゃん。鋏ちゃんって、もしかして……」


「もしかしなくたってそうでしょ。語部に惚れてんのよ。ったく、あんな都市伝説オタクのスケベのどこに好きになる要素があるんだか……」


「う、うー!」


 ひそひそ話のつもりだったが、鋏にはしっかりと聞こえていたようで、きっとてけに向き直った彼女は口を尖らせ、ポケットの中の鋏を取り出し、振り回し、威嚇した。


「あー分かった分かった、ごめんってば!」


「どうしたの、肘走さん?」


「なんでもないわよ、黙ってなさい」


 事情に気づかない鈍感男の問いを受け流した時、ターボお姉さんが思い出したように、というより実際今まで忘れていたように言った。


『ああ、そうそう、百クン! 今回の一件で、百クンの活躍と有用性が日本妖怪連盟に認められたわ。敵意がなくて、それでいて知識も豊富で、私達への協力に疑いがない、使い勝手のいい人間だって! 私も同意見よ!』


 どうやら、都市伝説課を束ねる日本妖怪連盟にとっても、今回の百の働きは素晴らしいものだったようだ。都市伝説の為、つまりは日本の怪奇現象の為に身を粉にして尽力する人材は、きっとそうそういなかったのだろう。

 最後の一言がなければ、きっと誰が聞いても喜ぶだろうに。


「いっつも一言多いんだよなあ、姉さんは」


『だまらっしゃい、弟のくせに! それはともかく、百クンには私の判断で、都市伝説課派遣チームの現地協力員として、引き続き協力を要請するわ。いいかしら?』


 ターボお姉さんが聞くと、百は振り向き、少しもたついてから言った。


「…………皆の役に立てるなら、喜んで」


 その一言で、物置の中がわっと沸いた。

 ターボ達都市伝説の、歓喜の声だ。


「ありがとう、百クン! いやあ、これからも仲良くよろしくだねえ!」


「フン、でも、まあ、いないよりはいいかもね」


「よろしくね、語部くん」


 喧しい声、素直に喜ばない声、小さな声。どれも違っていたが、意味は一つ、語部百の都市伝説課派遣チームへの歓迎だ。

 喜ぶ面々を見て、ターボお姉さんもご満悦の様子。


『うんうん、そう言ってくれるって信じてたわよ、お姉さんは! それじゃあ早速、都市伝説課からお願いしたいことがあるの。それはね――』


 ターボお姉さんが全て言い終えるより先に、会話は途絶えた。

 痺れを切らしたように、ターボがタブレットのボタンを押して、通話を切ったのだ。


「ちょ、ターボ君! テレビ通話切っちゃっていいの? 明らかに次の指示をしようとしてたって思うんだけど……」


 百が慌てて聞くが、ターボは随分と落ち着いた様子。


「後でかけ直すさ。それより、もっと大事なことをしなくちゃね?」


「もっと大事なことって?」


「はっはっは、そんなの決まってるだろ?」


 ターボが自分の背後から勢いよく取り出したもの、それは。


「――都市伝説課派遣チーム、改めて発足のお祝いをしないとだよ、百クン!」


 山盛りのジュースとお菓子、その他諸々パーティーグッズの入った、ターボの両腕で囲うよりずっと大きい籠だった。

 どうやら百が入ってきてからずっと、このサプライズをする機会を窺っていたようだ。なるほど、それならターボお姉さんがいつまでもどうでもいい話をつらつらと語っていたのに、いい加減にしろと通話を切ったのも頷ける。

 驚く面々を前に、にかっと笑うターボ。やや勢いよく机の上に置かれた籠から、慣れた手つきで全員に紙コップを渡し、お菓子の袋を開けて、二リットルのペットボトル・ジュースを取り出す。

 それを見る百は、呆れるやら、驚くやら。


「ほら、オレンジジュースと炭酸水と、皆好きなの選んで、ほらほら!」


 ただ、誰も悪い気はしない。むしろ、大歓迎だ。


「お祝いって……ホント、敵わないや、ターボ君には」


「どこから持ってきたのよ、それ。ほら、リカ、どっちがいい?」


「私、オレンジジュースが欲しいな」


「う、た、たんさんすい」


 各々の手に、紙コップとドリンクが行き渡る。

 高揚感を秘め、全員が利き手にコップを持ち、ターボの声を待つ。


「よし、全員飲み物は持ったね?」


 百を含め、全員が頷く。


「それでは、日本妖怪連盟都市伝説課派遣チームの新メンバー、口裂鋏チャンと、現地協力員の語部百クンの参加を祝って――」


「――乾杯!」



 貴方の街に、都市伝説の噂があるとして。

 独り歩きした噂が、人々に危害を加えているとして。

 どうしようもなくなったら、伊佐貫市に来てみるといい。

 市立きさらぎ高校の一階、誰も来ない物置の戸を、二度ノックしてみるといい。

 きっと、騒々しい連中が貴方の力になってくれるはずだ。

 頼もしい都市伝説と、やや人見知りだが、誰よりも都市伝説を知る人間。


 語部百が、きっと。

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こちら日本妖怪連盟『都市伝説課』でございます! いちまる @ichimaru2622

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