第49話
「……それで、百クン。怪我の方は?」
「打撲がちょっとだけ。掌の穴は、あの時、塞がってた。ターボ君、これって?」
「ニュー口裂け女が消滅する時、鋏も一緒に消えた。鋏の傷もその時、一緒に持って行ってくれたのかもしれないね……彼女なりのプレゼントさ」
「ありがとうって、言えばいいのかな」
「そう思うだけで十分だよ、きっとね」
語部百がきさらぎ高校に戻ってきたのは、事件から二日後だった。
あの後、ニュー口裂け女に受けた攻撃のせいで打撲が数か所見つかり、直ぐに病院に行って、事なきを得た。鋏が貫通した孔だったが、百が気づいた頃には、何事もなく塞がっていた。おかげで入院もせず、検査と療養だけで学校に戻ってこられた。
百には理屈はさっぱりだったが、ニュー口裂け女なりの贖罪の一つなのだろう。このまま放っておけば、百の手が壊死してしまうかもしれなかった。当時は彼女の説得にのみ集中していたので気が付かなかったが、相当危険な状態を放置していたようだ。
両親には友達と肝試しに行って酷い目に遭ったと伝えた。こっぴどく叱られたが、それ以上の言及がなかったのが、百にはありがたかった。
翌々日、何事もない授業を受けて、放課後、彼はいつも通り物置に向かった。
そうして戸を開けて、中で待っていた都市伝説達に無事を伝えて、今に至る。
ターボもてけも、リカも無事な様子だった。それどころか、百はまだ所々に包帯を巻いているのに、彼らの傷はきれいさっぱりなくなっていた。
これが都市伝説の力かと驚いていると、ターボが百に聞いた。
「鋏といえば、ニュー口裂け女の噂は、どうだった?」
「うん、誰も話していない、というより誰も憶えていないみたいだったよ。これまで皆が話していたのに、まるで噂そのものがなくなったようだった」
登校してからここに来るまで、皆の噂話に耳を傾けていたが、誰も口裂け女の話をしていなかった。口裂け女の噂を覚えているか聞くまでもなく、誰も知らない様子だった。
最初から、そんな噂など存在していなかったかのように。
百の調査報告を聞いて、ターボは頷いた。
「だろうね。都市伝説の消滅ってのは、そういうことさ。人々から忘れられる、完全に消えてしまう、ただのそれだけだ。普通は簡単に出来ることじゃあないんだけど、生まれたてだったから、その分忘れられるのも早かったんだろうね」
「……そっか」
百が項垂れた。
自分の力が及ばなかった為にニュー口裂け女が消えたのだと、たとえそうでないにしても、責任を感じずにはいられなかった。
そう思った彼を慰めるように、やや喧しい声が響いた。
『仕方ないわよ、百クン。ターボから昨日の話は全部聞いたわ、君がやってくれたのは最善の行いよ。そのおかげで、公認都市伝説が一人増えたんだし、ね?』
相変わらずタブレットの中で身振り手振りを大袈裟にしてはしゃぐ、ターボお姉さんだ。
彼女の調子はともかく、百はある一点に気づいた。
「それって」
「そうよ、あの後、本人から直接公認に申請してきて、流れでそのまま承認したのよ……って、いつまで隠れてんのよ、さっさと入ってきなさい」
てけの声がした方を見て、百は初めて気づいた。自分が山ほど積んだ本の奥の方に、全くもって隠れ切れていないが、こそこそと隠れる影があったのだ。
それはどうにかして自分の姿を見られないように努めていたが、てけに言われて観念したのか、ゆっくりと本の影から姿を現した。
高い背、長い黒髪、整った細い顔立ちを覆い隠すマスク、耳元まで裂けた口。
その女性に、百は見覚えがあった。
「う、あうう」
口裂け女だった。
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