第40話
百の解答に応じるかのように、ニュー口裂け女は両耳の中から小さな異物を取り出して、辺りに放り投げた。それは百の言う通り、どこにでも置いてある耳栓のようだった。
どこで買ってきたのか、または盗んできたのか。いずれにせよ、彼女はこの耳栓でポマードの言葉を防ぎ、無効化したのだ。会話などする必要もない相手が敵ならば、これはうってつけの装備だし、都市伝説であれば調達も簡単だ。
耳の穴を左手でほじってから、ニュー口裂け女は居間の奥に向かって言った。
「ふう、人間のモノも、少しは役立つわね。姉に持ってこさせて正解だったわ、ねえ?」
「う、あうう」
相変わらず、人間や他の都市伝説に対する攻撃に抵抗感があるようで、ニュー口裂け女の蛮行に良い想いはしていないが、抵抗も出来ないのが見て取れる。
残された百も、自分が都市伝説二人に囲まれていると知り、自分では敵わないので、ターボ達を起こそうと、必死に声をかける。
「ターボ、ターボ君! 肘走さん! 三ツ足さんっ!」
体が動かないので、揺することも、はたくことも出来ない。唯一動かせる口を開け、普段出さないような大きな声で彼らを起こそうとするが、ちっとも、誰も反応しない。
それでもどうにか起こそうとする百に、無情な言葉が突き刺さる。
「起きないわよ、そういう攻撃をしてやったから。口裂け女の速さで蹴りを入れる、拳を叩き込む。どれだけ痛いか、分かる?」
ニュー口裂け女が、百を見下すように立っていた。
息を呑む百と、彼女の目が合う。
逃げなければ。そう思うよりずっと早く、ニュー口裂け女は彼に対してどうしてやろうか決めていたのか、躊躇なく足を振り上げて。
「これくらい……よっ!」
思い切り、顔を蹴り上げた。
「ご、ぼおっ!?」
奇妙な声を上げて、百の顔が歪んだ。幸いにも頬に蹴りが突き刺さったので、鼻の骨は折れずに済んだ。
ただ、それが痛みと無縁であるかは別問題だ。百の体が浮くくらいの蹴りは、彼の体を居間の中央に移動させ、百をもんどりうたせるには足りたし、百の全身に苦痛のシグナルを鳴らし続けるには足り過ぎたと言える。
もう、百の頭には逃げる思考、戦う思考すらありはしない。あるのは、ただ痛みに耐えるだけの、人間の弱さだけで埋め尽くされた苦しみだけだ。
そんな彼の周りをゆっくりと歩きながら、ニュー口裂け女が言う。
「ターボジジイとてけてけなら気を失うくらいで済んだわね。でも、人間は……」
「う、ううう……」
都市伝説とは違う、人間の弱さを、彼女は嘲笑う。
「あらあら、姉みたいな呻き声! 醜いったらありゃしない! でもいいわ、その恐怖が、怖れが、私の存在を強くしてくれるのよ!」
百はとんでもない勘違いをしていたと、ようやく理解した。
ニュー口裂け女の力はさほど強くなっていないどころか、都市伝説三人を相手にしても引けを取らず、圧倒出来るくらい強かった。力を増すまでもなく、その力は都市伝説の中でも戦いに特化していたのだ。
そんな相手の根城に乗り込んでしまったのを、そう提案してしまったのを、百は今更ながら後悔していた。正義感に駆られていたとはいえ、無謀極まりなかったのだ。
とはいえ、もう全てが後の祭り。
百に出来るのは、痛めつけられないよう懇願するだけ。
「や、やめるんだ、やめてください……!」
だが、そんな哀れな懇願に、何の意味があるというのか。
ニュー口裂け女は百の頭を掴むと、彼を仰向けに寝かせた。そうして、鋏をちらつかせながら彼に跨るように立ち、内に秘めた怒りのごく一部をぶつけるように、吠えた。
「やめろって? やめるわけないじゃない。私にはこれしかない、人を襲って怖がらせることしか出来ない、そうさせたのはあなた達人間でしょうがあっ!」
そして、間髪入れず、百の右掌に鋏を突き刺した。
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