第36話
地図アプリで示している通り、確かにそこには家屋がある。
ただし、今は廃屋だと言われても頷けるほど、辺鄙な場所に立っていた。周りを木々で囲まれた丘で、周囲にはそれ以外の家にはなく、道路までずっと歩いて降りなければならない。そんな家に、人が住んでいるとは考えにくい。
つまり、どこかの誰かがずっと居座っていても、気づく者の方が少ない。仮にいたとしても、きっとここまで来て探索しようなどという度胸がある者がいるとは思えない。命知らずの愚か者ならば、ともかく。
「立ち入り禁止の立て札と、過去に実際に幽霊を目撃した証言のせいです。今は不良グループですら近づきません。もし、誰かが人の目を離れて隠れるなら……」
「ここはうってつけ、ってわけね。襲撃地点のどこからもそれほど離れてないし」
「はい。その点に気づいて、僕はもう一つ仮説を立てました」
指でトントン、とタブレットの画面を叩きながら、百が言った。
「何だい、百クン」
「恐らくニュー口裂け女は、人を殺せるほどの力をまだ手に入れてはいません。きっと、この隠れ家から僕達のところに来て、姉を取り戻し、脅して逃げるので精いっぱいではなかったのでしょうか」
『ふうん、そう思う理由は?』
タブレットの奥からこれまたターボお姉さんが口を挟んだが、毎度突っ込んでいてはきりがないので、百は話を止めずに続けるようにした。
「本当に力が戻っているなら、全員を相手取ってでも、何としてでも僕を殺していると思います。噂になり、怖れられるほど力が増すのなら、姉を脅しつけてターボ君達を足止めしている間にでも僕を殺して、その死を口裂け女の噂と繋げればいい。そうすれば、さらに力が増すんですから」
『確かにそうね、戦力で問題がないなら、殺して噂にすればさらに力が高まるわけだし。話を聞く限り、ニュー口裂け女ってのはそこまで頭が回らないほどおバカちゃんってわけでもなさそうだしねえ』
「そうしなかったのは、全員殺せるってのがハッタリだからか」
ターボの言葉に、百が頷いた。
「だね。でも、ああ言った以上、これから焦ったように力を得ようとするはずだよ。予想通り、明日からは人死にが出る。だから――今晩、止めるしかない」
妙な沈黙が流れた。
どうあっても、今晩中の決着は免れないと、全員が気づいたのだ。
出来るなら、もっと時間が欲しかった。出来るなら、もっと相手の情報を調べ尽くしたかった。だが、もうそんな時間はないのだ。一晩明ければ、人が死んでいるのかもしれないのだし、止められるのは自分達しかいないのだ。
僅かばかり部屋を覆った陰鬱な空気を吹き飛ばしたのは、珍しく、てけだった。
「よし、そしたら話は決まりね! 口裂け女の隠れ家にカチコミかましてぶっ殺す!」
負けん気からくる気迫はありがたかったが、それだけではいられない。
「ぶち殺すのはいいとして、作戦は?」
「夕方と同じよ、リカにポマードって連呼させて敵が動きを止めてる間に、新しい方は足の腱を切り落とす。姉の方は交渉して、ダメなら双方真っ二つよ」
自分の腕によほど自信があるのか、無い胸を張って作戦を話すてけだが、どうにも不安だ。百としては、もう少し具体性のある、しかも夕方とは違う作戦が欲しい。
「……雑過ぎやしない? それに同じ手が通用するとも……」
だが、百の反論は、ターボに制された。
「どっちにしても、もう時間がない。夕方よりは慎重に、でもポマードの言葉が有効なのは確かなんだ。加えて言うなら、今回は百クンも対抗策を持ってきてほしい」
ターボの判断として、頭を捻るよりも、現地で臨機応変に対応する方を選んだようだ。彼がこの判断を下した以上、頭から爪先まで考えなし、というわけではないだろう。というよりは、そう思いたい。
少なくとも、追加の策を提案する以上、てけよりは冷静だ。そう考えた百は立ち上がると、部屋の奥まで行き、乱暴に周囲の資料や本の山を崩し始めた。
「対抗策ね、そしたら」
そして、その奥にあった段ボールを両手で持ち、中を開いて全員に見せた。
「この『ベッコウ飴』でいい? 皆の分あるから、持って行っていいよ」
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