第34話

 

 始まろうとしていた、という表現に留まったのは、四人とも、部屋の外から感じる視線を知っていたからだ。廊下から一階に通じる階段、そのさらに下の踊り場からの視線に。

 その視線の正体は、語部百の父、母、妹。

 それぞれごく一般的な四十代の男女と十代の女性といった雰囲気で、百同様、これといって特筆すべき特徴はない。強いて言うなら、百と同じような黒縁の大きな丸眼鏡を直用しているところだろうか。

 そんな三人が、居間から身を乗り出して、階段の奥を見つめている。

 かすかに聞こえてくる声を聞いて、三人は顔を合わせて、ひそひそと話す。


「ねえ、あれって百の友達?」


「信じられない、今まで百が友達を連れてきたことなんて……」


「雪でも降るんじゃないの、明日……」


 三人が話していると、階段の奥からターボが身を乗り出し、なんと自己紹介を始めた。


「あ、紹介遅れましてすみません! オレ、ターボって言います! 昨日から百クンとはお友達の付き合いをさせてもらっていましてですね、いやあ、百クンはとても友達思いで勇気もあって、オレ達ほんとーに助けられてて……」


 その奥から今度は百が身を乗り出し、ターボを部屋に引きずり込む。


「いいから、ターボ君、いいから!」


「てけやリカも口には出さないだけで、お子さんの才能は素晴らしいと思ってますよ! 今日だって、彼がいなかったらオレ達どうなってたか! これからも百クンとはオレ達三人末永くお友達として付き合っていく所存で――」


「いいから、ターボ君、いいから!」


「余計なこと言ってんじゃないわよ、さっさと戻ってきなさい!」


「あ、ちょっと、待ってよ二人とも、まだ挨拶が!」


 それでもどうにか、まだまだ挨拶を続けるつもりだったようだが、顔を真赤にした百となるべく早く作戦を決めたいてけによって、ようやくターボは百の自室に引き戻された。

 百の性格を知っている家族にとっては、ターボのような性格の男友達を連れてくるのは全く想像出来なかった。さらに、女友達を二人も連れてくるなんて。

 語部一家はもう一度顔を見合わせて。


「……不思議な友達ねえ」


「友達が出来たってのはいいことさ」


「変なのばっかだけどね、お兄ちゃんの友達」


 各々勝手なことを言いながら、居間の方へと戻っていった。

 さて、どうにかターボの暴走を止めた百達は、改めて作戦について話すことにした。


「もう……それじゃあ、改めて、現状と目的の再確認をするよ」


 とりあえずは、現状の把握だ。昼の推測と夕方の現実は、今や大きく変わっている。


「今、口裂け女は二人いる。七〇年代に生まれた口裂け女と、今年生まれた自称ニュー口裂け女。片方は人を襲いたがらないけど、もう片方は生き延びる為なら人を殺すし、なんなら姉だって利用する。その姉妹が、明日から……」


 明日から、では悠長だ。


「……いや、今晩からだって人を襲う可能性がある。その前に、僕達は彼女達の隠れ家を見つけて、説得しないといけない。これが現状と目的、でいいかな?」


 二人の都市伝説が人を襲い始める最も早い時間を告げると、苛立った調子で床を指で叩いていたてけが、一つだけ訂正箇所を伝えた。


「語部、一つだけ抜けてるわよ。ニュー口裂け女はぶっ殺す」


「まあ、それはあくまで、全て終わってからね。ターボ君、口裂け女も含めて、都市伝説って空間の外以外で姿を消したりとかは出来るの?」


「出来ないね。空間だって一日一回が限度、ポンポン出せないし、透明人間みたいな芸当は出来ない。だから、さっき百クンが言った、隠れ家を探すのは最適解だよ」


「今更ながら、あの口裂け女って相当長生きよね。かれこれ四、五〇年も延命してるってわけじゃない、もう噂もされてないってのに」


 てけの言葉に、全員が同意した。

 噂で生き永らえるとするならば、恐らく口裂け女は、あと数十年は生きるだろう。それだけ、周囲に与え続けた――一部の人間には今も与え続けている恐怖が強かったのだ。

 ターボも百も、その偉業だけは認めざるを得なかった。


「それくらい、一年か二年で稼いだ力が凄まじかったのさ。本人がそうなりたいと望んだかはともかく、人を襲わずにひっそりと生き続けるくらいの噂と力は与えられ続けていたんだろうね。恐らく、ニュー口裂け女の目的はそれだ」


「過去の栄光を自分の物にするつもりだね。それにしても、既に噂があるのに、別の都市伝説が生まれるなんて……」


「ターボババ……お姉さんの派生があるくらいさ、驚くことじゃあないよ」


 ターボが呆れた調子で言うと、机の上に立てられたタブレットの奥から、ターボのテンションを十倍増しにしたような、状況に反した高い声が聞こえてきた。


『そうそう、私って天才都市伝説からこんなミソッカスが生まれるくらいなのよ、百クン! 都市伝説が同時に二体存在するなんて、そう珍しい話じゃないわ!』


 都市伝説課を束ねる自称リーダー、ターボお姉さんだ。

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