第33話
百の自宅は、口裂け女捕獲作戦を実行した裏道から、そう離れていなかった。
徒歩五分とか、十分という近さではなかったが、失意のまま学校まで戻るよりはよっぽど近かった。これからについて話したり、色々と気になった点を整理したりしながら歩いていれば、あっという間の距離に感じられた。
青い屋根、二階建て、夕飯の香り。彼の自宅は、ごくごく普通の家だった。
二階にある、とある部屋を除けば。
「――よし、資料は揃った。ターボ君、お願い」
「オッケー、地図アプリも一緒にだね?」
「うん、ありがとう」
部屋の中で、百はタブレットを起動して、作戦会議を始めていた。
その部屋は――語部百の実家の、彼の自室は、物置同様、異質な部屋だった。
学校の物置にもそれなりの量の資料が積んであったが、この部屋にある都市伝説関連の資料、データ、その他諸々の数は、その比ではない。
きっと元々はただの二段ベッドとこたつ机のあるだけの部屋は、分厚い本を敷き詰めた本棚が壁一面を覆い尽くし、天井一面に都市伝説にちなんだポスターと出没個所の地図が貼られ、机の上にはオカルト関係のグッズが山盛り。四人が座る程度のスペースは辛うじて空けられているが、それ以外は全て都市伝説に関する狂気の産物だ。
こんな部屋だから、扉の前に『立ち入り禁止』と書かれた木製の札がかけられているのも納得出来る。きっと、百の母親も、入るのを躊躇い、掃除も彼に一任するだろう。
そんな部屋の中に、都市伝説を含めた四人は集まっていた。
呪術を行う部屋に押し込められたかのように、まだ落ち着かない様子のてけとリカをよそに、すっかり慣れたらしいターボが口を開いた。
「さて、今が六時半だから、長く見積もっても八時には行動を開始したいところだね。それ以降になると暗くなりすぎるし、なにより口裂け女相手じゃあ百クンが危険だ」
口裂け女。
その名前を聞いて、殺意がまたメラメラと燃え上がってきたのか、車椅子を畳んで壁にもたれかからせ、上半身だけで机の上に乗っかっているてけが言った。
「ならさっさと始めるわよ。あの二人に一泡吹かせてやらなきゃ、気が済まないのよ」
「てけ、目的を間違えてもらっちゃあ困るよ」
「分かってるわよ、分かってる!」
分かっているとは言ったものの、本当に分かっているかは怪しい。
彼女が口裂け女とニュー口裂け女に煮え湯を飲まされたのは間違いないし、負けず嫌いでプライドの高いてけからすれば、あの二人の胴を切り裂き、その上に胡坐をかいてふんぞり返ることこそが、唯一の鬱憤晴らしになるのだ。
だが、くどいようだが、今はそんな私情がまかり通る状況ではない。
「目的はあくまでニュー口裂け女を止めて、口裂け女を公認都市伝説に引き込むことだ。それが終わったら新しい方はてけの自由にしてもいいけど、それまでは無謀な動きはやめてくれ。オレもリカも、百クンだって心配しているから、ね?」
これが、ターボに出来る最大限の説得だった。
恐らくてけは、たとえ制止されても、リカを手にかけようとしたニュー口裂け女だけは殺そうとするだろう。ターボからしても、ニュー口裂け女は説得に応じないだろうと思っているし、それならば、応じる側だけを助け、残りは生贄にしても差し支えない。
というより、てけを納得させるにはそれしかない。半ばターボも諦めているのが分かったのか、それともニュー口裂け女を自分の手で捌けると分かったからか、てけは両腕を組んで、頬を膨らませて言った。
「……分かってるって、何度も言わせないでよ」
「助かるよ。じゃあ、始めよう」
こうして、四人の打ち合わせが始まろうとしていた。
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