第28話
おこる。
恐らくは、怒る。
全員が、首を傾げた。普通に考えれば、この場で怒るのは口裂け女だけだ。てけがもしかすると不用意な言葉で急に激昂するかもしれないが、彼女は冷静らしく、口裂け女に向かって呆れた調子で言った。
「怒る? アンタが? 今置かれてる状況、分かってる?」
それに対する返答は、一層焦り、恐怖を孕んだもの。
「ち、ち、がう! あ、あのこ、あのこ! おこる、おこる!」
必死の訴えを前にして、てけはターボを見て、それから百を見た。いったいどうなっているのか、とその顔が言っていた。
百も困惑するが、ターボはとりあえず、その正体を聞いてみた。
「『あの子』? 美人サン、あの子って誰だい? 君のような都市伝説が怖れるほどの相手がいるってのかい? オレ達からすれば、それこそ冗談だよ」
彼の言い分は正解だ。
口裂け女が誰を怖れるというのか。
仮にも昭和の時代に日本中を震撼させ、その偉業が映画や小説にもなるくらいの恐るべき妖怪、都市伝説の代表格。一度遭遇すれば、子供はおろか、大人だってきっと助からない。ある意味死刑宣告にも似ている。
常軌を逸した走力、手にした鋏での残虐な殺人、耳まで裂けた巨大な口、どちらを選んでも死ぬ選択肢。恐怖を与えるワンセットの詰め込み、その凝縮。海外でもこの話が通じるとまで言われている存在。
こんなものが怖れる、慄くとするなら、きっと同じくらい怖い相手なのだろう。
同じくらい、怖い相手。
同じくらい、または同じ。
同じ。
語部百は、はっと、気づいた。
「…………ねえ、ターボ君」
ターボが振り向き、百を見た。神妙な表情で、口裂け女を凝視していた。
「なんだい、百クン」
その様子のおかしさと、声のおかしさで、ターボの表情も同じく、険しくなった。
全員が黙り込み、口裂け女も動くのを止めた。その最中で、百だけが口を開いた。
「……たった一つの、何気ない噂だけで、『都市伝説』が生まれる可能性はある?」
妙な質問だった。
都市伝説は広がり、都市伝説となる。一人の人間がこそこそ話しているだけなら、噂など直ぐに消え去ってしまう。そもそも、そんな程度で都市伝説として成立してしまうなら、いくらでも発生しかねない。
百はそう思い、ありえない仮定だとして話したが、返答は意外だった。
「うん、ごくごく稀にだけどあり得るよ?」
存在した。
都市伝説本人がそう言うのだから、間違いないのだろう。
ターボに同意するかのように、てけが話を続ける。
「噂になったなら、出来たなら、一人が言おうが皆が言おうが、それは立派な都市伝説よ。まあ、そんな奴らは直ぐに消えちゃうけどね」
ターボやてけの言い分から察するに、都市伝説はそれが噂になった時点で発生する。噂として伝播しなければ即座に消滅してしまうのだろうが、とりあえず発生する。生を受け、何かしらの行動を起こせる。
百はぞっとした。あまりに簡単な生と、それによって完成する仮説に。
その理屈が正しければ、百の仮説は完全に仮説ではなくなる。
「アンタが知ってるかはともかく、『下水道の白いワニ』だってそうよ。一人の配管工がバカみたいな噂を流し続けたって聞いたことが……」
そこまで言って、てけは気づいた。
百の言いたいこと、百が気づいてしまったことに。
「まさか、そんな」
ありえない事実を前にして、僅かに、鎌に入れる力が緩んだ。
「――そう、その、まさかよ」
その瞬間と、声が四人の耳に入ってくる瞬間は、ほぼ同時だった。
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