第27話
「ううっ!?」
彼女は、かっと目を見開いた。
怒りからではなく、驚きからだった。名探偵に犯罪の動機と証拠と手口を一気に看破された犯人のように、口裂け女の目は意外性に満ち溢れていた。
当然、それは彼女だけではなかった。
「語部、どういう意味よ、それ!?」
「百クン、どういうことだい!?」
ターボとてけ、声こそ出さなかったがリカが驚いたのも、当然だった。
二人の方を少しだけ見てから、百はその根拠を言った。
「ターボ君達の言う通り、口裂け女さんが本当に力を得る為に噂を広めたい、その目的の為なら後先考えないなら、もう誰かが殺されてると思うんだ」
百の中では、彼女の行動は矛盾に満ちていた。
口裂け女の伝承は、落ちで人が死ぬ形で締められるのが殆どだ。口裂け女の噂は、遭遇時に確実に死ぬという噂として広まっていると言っても過言ではない。
ところが、今回の目撃では人が死んでいない。目撃のみの証言も非常に多いが、事情が違う。怖れの力で己の力を広めるのなら、惨殺死体でも晒して、その存在をよりアピールすれば、目撃されるよりもっと強くなれる。
「あと、僕が襲われた時も、半端な返事で時間稼ぎしてたのに、それでもキレイかと聞いてきた。普通だと聞いた時点で殺されるパターンの話もあるのに無視して、まるで噂の一連の流れを早めに終わらせようとしていると思ったんだ。だから、仮説を立てた」
自分が殺されなかった理由。
これまで死人が出なかった理由。
完全な証拠は提示出来なかったが、百には確信だけがあった。
「口裂け女さんは、人を殺さない、または殺せない理由がある。もしかすると、殺したことすらないんじゃないかって」
百が話し終わった。
口裂け女は俯いたが、肯定も否定もしなかった。
ターボ達は困惑していたが、同時に納得もしていた。かの都市伝説オタク、気持ち悪いくらいに都市伝説を調べ尽くした百の説得力を前に、反論など一つもなかった。
「……確かに、鋏で人を殺すというのはあくまで噂で、実体験として百クンがそう言うなら、殺意はないのかも。殺さないまま噂だけが流れた可能性は、あるよ」
「だとしたら何? 延命する為だけに、わざわざ噂を広めてたっての?」
てけの言う通りなら、これほど心苦しいことはない。襲いたくないのに、自らの存在を確立する為だけに襲うふりをするのは、ブラック企業に勤めて仕事するふりをするようなもので、どちらにとっても益がない。
だとすれば、こちらの提案にはちゃんとしたメリットがある。公認都市伝説になれば、自分の意志に沿わない襲撃をしなくても良いのだ。ターボ達のようにこっそりと学園生活を満喫するもよし、百の理想だがのんびり隠居生活をするもよし。
「……口裂け女さん。もしそうなら、もう噂を無理に広めなくてもいいんです。『公認都市伝説』になってください、命と情報としての存続を約束します」
百の言葉に、てけも乗る。
「提案を呑んだ方がいいわよ、アンタ。その方が絶対に楽なんだから」
楽なのは間違いない。自分の労を考えなくて良いのだから。
ところが、状況は上手く運ばない。
「う、う、だ、だ」
口裂け女が、もごもごと何かを言いながら、首を横に振るのだ。
迂闊に動くとてけの鎌が突き刺さってしまうかもしれないのに、彼女は首を振るのをやめない。まるで、首を縦に振ると、恐ろしいことが起きるというかのように。
そして、だ、とは。
「だ?」
百が聞き返すと、口裂け女は、今度はもう少しだけはっきりと言った。
「だ、だめ、だめ。お、お、おこる、おこる!」
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