第26話


 作戦は成功した。

 リカが撹乱して、ターボが先制攻撃、てけが拘束する。

 口裂け女はもはや完全に取り押さえられていた。てけの言う通り、彼女の腕力が弱くなっていて、普通の女の子くらいになっていても、鎌の一撃で頸動脈を切り裂ける。

 だからこそ、口裂け女は動かなかった。どれだけ早く動けても、どれだけ強力な一撃を鋏から繰り出せようとも、鎌を引くワンアクションには敵わない。苦しそうに呻く口裂け女の前にターボが立ち、その後ろからリカがやってくる。


「リカ、ナイスだ。てけ、口裂け女が何かしたら、構わないから切ってくれ」


「あ、ありがとう……」


「はいはい」


 三人とも余裕が出てきたようで、睨む口裂け女を前にしても、ターボはちっとも動じない。リカですら、ある程度優位性を感じてくるくらいだ。

 都市伝説の空間などという何でもありの世界観の影響か、人が来る様子はちっともない。人が来ないのに人を襲う予定だったのは、その死体を彼女の犯行の証拠にするつもりだったのだろうかと、邪推してしまう。

 だが、殺人は未然に止められた。

 勝利を確信したターボは、まだ電信柱の後ろにいる百に、声をかけた。


「出てきていいよ、百クン。彼女との交渉には、君の力も必要だろうからね」


 彼が興味深げに、かつおずおずと出てきたのを見てから、ターボはもう一度口裂け女に目を向けた。そうして、いつもの明るく、調子の良い語り口で喋り始めた。


「さて、会うのは二度目かな、口裂け女?」


「う、う、ううう……!」


 唸り声、睨む瞳、そのどちらにも、彼はちっとも動じない。


「いやあ、やっぱり間近で見ると美人だよね! あの時は怒らせて実力を計るために、ブスだなんだって言っちゃってごめんね! オレだって心苦しかったんだって分かってもらえるとありがたいよ」


「う、あうう……!」


「だからこそ、オレ達に敵意がないのは先に伝えておきたい。オレ達の提案は、『公認都市伝説』のことだ。百クン、話しておくれ」


 ターボがそっと後ろに下がり、口裂け女と話す権利を百に譲った。

 言われるがまま、百は口裂け女の前に立った。

 昨日は何が起きたのかさっぱり分からないままの遭遇だったが、今日はその時より随分と落ち着いている。昨日だって、ターボが乱入してくる前までは冷静だったが、今は別の感情が入り混じっている。

 興奮だ。都市伝説を改めて目の当たりにする、興奮が。

 ターボ達と会った時も存在した感情だが、彼らの場合は、話して直ぐにそれらが霧消してしまった。あまりの人間らしさと懐き加減に、百が相手を人間に近しい存在だと認識したのが原因だ。

 今回は違う。純然な都市伝説、噂の体現、人の世にあらざる概念。交渉役を任される立場ではあったが正直なところ、口元に笑みを隠し切れないでいた。

 しかし、直後に自分の任務を思い出し、頬を軽く叩いた。そうして都市伝説への過剰な興奮と興味をどうにか押し殺して、百はようやく、口裂け女に語り掛けた。


「……初めまして、口裂け女、さん。語部百です。この都市伝説達と、貴女の起こした事件の調査をしています。一応人間ですけど、協力してます」


 口裂け女と話している。百は感動を噛み締めつつ、真面目な顔で話し続ける。


「口裂け女さん、はっきり言います。貴女のように噂を恐怖で伝播させれば、いずれ身を滅ぼします」


 口裂け女が、マスクの奥で顔を顰めた。

 自分の存在意義に踏み込まれ、あまつさえ否定されたのだ。口裂け女に自由があれば、その場で百を切り殺していたかもしれない。

 同意する様子のない彼女を見て、ターボとてけも説得に参加する。


「なあ、どんな気持ちで力を強めようとしてるのか知らないけど、人間を舐めちゃいけない。人が死ぬような事件が起きれば、連中は様々な事柄に規制をかける。人間が口を噤んで、情報を失われ、風化されれば、待っているのはオレ達にとっての死だ。分かるだろ?」


「そうならないように、あたし達のような『公認都市伝説』があるのよ。人を襲わないで、妖怪連盟が勝手に噂を流したり作ったりしてくれるから、もう今みたいな面倒事はしなくてよくなるのよ」


「うう……」


 どこか迷っている態度だ。さっきまでの人間や自分の邪魔をする相手への殺意が薄れたと思った百は、ここで追い討ちをかけることにした。


「決して悪くない待遇のはずです、この提案に乗っている都市伝説も多いです。それに」


 口裂け女に感じていた違和感。

 噂と自分が調べ尽くした知識との間にあった溝。

 その正体を百は、彼女に直接ぶつけた。


「それに、貴女は――本当は、人を襲いたくないんじゃないですか?」

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