第24話
来た。
リカの正面、彼女の行く道を完全に遮るように、口裂け女が立っていた。
こちらからリカの表情は見えないし、口裂け女も同様だ。特に口裂け女は、マスクと逆光のせいで、どちらを見ているのかもはっきりとしない。
とにかく、ルアーに獲物が引っ掛かった。だから百は、来たと言った。
どこに、誰が来たのかなど、二人には言う意味がない。
ターボの目から、笑いが消えた。てけの口元から、呆れが消えた。代わりに二人に残ったのは、集中と、殺意にも似た真剣さ。それを感じ取った百は、どういうわけか流れる汗を止められなかった。
その雰囲気は、紛れもなく人間ではなく、都市伝説――人間には醸し出せない狂気を孕んだ存在の威圧感だった。恐怖そのものを纏わせたかのように、しかしこれまでと変わらない口調で、ターボは百に言った。
「……百クンはここに隠れてて、いいかい、絶対に動いちゃダメだよ」
百は頷いた。言われなくたって、捕獲自体で、自分が出来そうなことは思いつかない。
「てけ、リカの合図で突っ込むよ。いけるかい?」
「誰にモノ言ってんのよ、アンタこそヘマするんじゃないわよ」
「大丈夫かな、三ツ足さん」
ターボとてけが構え、百が二人の後ろに回り、もう一方では動きが始まった。
口裂け女が、若干俯いたリカの顔を覗き込むようにしている。
外見は間違いなく、昨日見た通りの姿で、口裂け女であるのは疑いようがない。百人が百人口裂け女であると確信するような存在が、人が通れば何かしらの事案ではないかと疑ってしまうくらいの距離で接近してきている。
返答次第では逃がさないと言わんばかりに、しかし、口裂け女はいきなり襲わない。彼女は彼女なりのルールがあり、それに則った、且つ間抜けな返答をした者のみを、コートのポケットに隠し持った鋏で襲うのだ。
そのルールは、リカがほんの少し顔を上げたのを見た彼女によって、執行された。
「わ、たし、キレイ?」
口裂け女が綺麗であるか否かの質問。これは質問であって質問ではなく、どちらを選んでも襲われる。要は儀式のようなもので、人を殺す前のワンテンポ。
猟奇殺人者に近い彼女の思考によって、リカは追いつめられている。僅かに顔を上げて、口裂け女と目が合っているとはいえ、ターボやてけみたいに逃げたり、戦ったりは出来ない。その事情を知っているからこそ、百は心配そうに見つめているのだ。
「………………」
リカは答えない。
この挙動が作戦のうちならば良いのだが、そうでなければと思うと、百は不安でならない。なのに、ターボをちらりと見ても、彼は大丈夫だと言わんばかりにウインクをする。
本当に、大丈夫なのか。彼女の死を以って、作戦失敗とならないだろうか。
何も言わないまま、十秒ほどが過ぎた。
こうなると、口裂け女の次のアクションは決まってくる。百が何度も曖昧な返事をした時のように、もう一度聞き直し、返答するまで続ける。無言が続くのならば、きっと答えるまで、彼女の問いは都市伝説の空間とやらによって永遠に続く。
どうする、どうすれば。
自分の立場であれば、何が出来るのか。
沈黙を貫いているリカを見て、口裂け女がもう一度動こうとして、百が我慢ならないと言わんばかりに電信柱の影から出ようとしたよりも先に。
リカがようやく動いた。
俊敏ではないが確実に、最低限の動きで口裂け女の耳に口を寄せ、小さな声で呟いた。
「――――ポマード」
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