第23話
といっても、作戦はただ相手が来るのを待つだけだ。釣りのような感覚で、獲物がルアーに食いつくのをただ待つだけ。食いつかなければまた明日、そうして明日もまた、餌に相手が寄ってくるのを待つ。
はっきり言って、退屈な作戦だ。
最初の十分ほどは全員が固唾を呑んでリカを見守っていたが、そこから十分おきに集中力が途切れていった。百はちらちらと時計を見てばかり、てけは時折大きくあくびをして、ターボはリカではなく周囲の風景に視線が向いている。
観察している側であるターボ達の緊張感はそれほどでもないだろうが、リカは違う、というのが一目で分かる。何せ彼女の場合は、口裂け女が来れば、対応の失敗次第で死んでしまう可能性もある。まだ会って二日目だが、少し怯えた様子がいつもより強く感じられるのは、きっと気のせいではない。
しかし、さらに時間が経過して、いよいよリカの方にも、弛みが見られ始めてきた。どこか退屈そうな調子で空を眺めている彼女の目からは、口裂け女が来る気配など微塵もないから早く帰りたいというオーラが感じ取れる。
その調子で、追加で十分が経過した時、百が思い出したように言った。
「ねえ、あんぱん、食べる?」
あんぱん。
都市伝説が食事をするかは聞いたことがなかったし、食べている様子を見たこともなかったが、百にとって張り込みにその食品は必需品だった。だからこそ持ってきたのだし、今更ながら食べるか否かを提案したのだ。
以外にも、ターボもてけも、食事には好意的な反応を示した。
「お、いいねえ! 張り込みっぽくなってきたよ! オレはこしあんの方が好きなんだけど、百クンはどっちが好きかな?」
「あたし、つぶあん以外食べないわよ」
「どっちもあるから、はい、どうぞ」
四つ持ってきたうち、二つをそれぞれターボとてけに渡して、百は残ったうち、こしあんの方を選んだ。そうして三人揃って袋を開けて、一斉にかぶりついた。
ただの菓子パンだったが、百にとっては非常に新鮮で、美味しく感じられた。誰かと一緒に食事をとるなどは、自宅以外ではそうそうなかったし、何よりあの都市伝説が食事をするという、世にも珍しい光景を目の当たりにしているのだ。
ターボは男性らしく大口でかぶりつき、てけは口の悪さに反して少しずつ食べていく。そういった特徴の違いも、昼休みのリカのとんでもない特徴も含めて、自分のデータが増えていく理由になって、それも百にとっては嬉しかった。
なんだか、未知の世界が既知になってゆく。
これまでだってそんな快感は何度も得てきたはずなのに、今回のケースは、どこか違うように思えていた。ターボ達の存在が理由か、それとも。
一人では得られなかったのだろう。
この楽しみも、楽しみと呼んでいいのか分からない緊張感も。
普通の高校生にとっては当たり前なのかも。
そう思うと、少しだけ寂しくなって。
こうならなかった時のことを想像してしまって。
「それにしても、口裂け女が襲うのは小中学生だけだと思ってたわ。意外と獲物の射程範囲が広いのね」
「えっ?」
不意に、てけに声をかけられて、百は我に返った。
自分で考えていたはずの内容なのに、すっかり思い出せなかった。こういう場合は大抵、つまらない事柄を延々と考えて、思考の迷路に入ってしまった時だ。
だとするなら、思い出す必要などない。今の自分にとって必要なのは、てけが口裂け女の標的の範囲の広さについて聞いている点だけで、答えるのは容易だ。百はさっきまでの考えを全て脳の片隅に追いやって、てけを見て答えた。
「あ、うん。僕の調べだけど、発祥の地の岐阜県じゃあ大学生の目撃、襲撃証言があったよ。高校生になるとその倍はあったんだ、口裂け女が狙ってもおかしくない。ちょうどこれくらいの時間は、高校生だって下校時間だったしね」
ふうん、と理解したか、してないか怪しい返事をして、てけは残ったパンを一口で食べてしまった。きっと、百の説明が十分過ぎたからだろう。
ところで、彼の話は正しい。彼の調べ尽くした情報が示すのは、作戦を実行しているこの時間帯こそ、口裂け女が最も活動していた時間帯だということ。パンを食べて気力が回復したのか、三人の目に、再びやる気の炎が巡ってくる。
その意志は、小さくガッツポーズをしたターボが示していた。
「陽も暮れてきたし、そろそろ来るかもしれないな。皆、気を引き締めていこう!」
ただし、その口の端に、餡子をつけたまま。
「う、うん」
「餡子を口の端につけて言ってんのに気づいてる? 説得力ないんだけど」
てけに言われて、ターボは慌てて制服の裾で餡子を拭った。
大口を開けて笑うターボを見て、百は人間以上の人間らしさを、その都市伝説に見たような気がして、ついつられて笑ってしまった。
「あ、あはは…………あっ」
そして、気づいた。
二人よりも先に、気づいた。
先にリカに視線を向けたので、気づいた。
「――二人とも、『来た』」
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