第22話

 その日の夕方。

 予定通り、作戦は決行された。

 場所は、百が指定した通り、きさらぎ高校からある程度離れた地域。空き家や空き地が多く、木々も雑に生え散らかし、そのせいで日当たりが悪い。まだ午後の五時にもなっていないのに、夕陽が少し陰り、暗くなっている。

 その一本道、電信柱沿いに立っているのは、リカ。右を見ればコンクリートの塀、左を見れば古びた空き家しかないこんなところで立っていれば、不良学生や怪しい中年男性に声をかけられる可愛らしさの持ち主だが、そんな相手は存在しない。

 というより、歩くものが存在しない。人間はおろか、野良犬や野良猫、鳥の類ですら近寄ってこない。百の言う通り人通りは少ないが、これでは少なすぎる。目撃を目的としているのであれば、口裂け女が寄ってこないかもしれない。


 あまり嬉しくない状態を危惧しつつも、少し離れた電信柱の影から、リカを見守る影が三つ。二つは立って、一つは車椅子に座って、柱からひょっこりと顔を出す。

 影の正体は当然、ターボ、てけ、百の三人。

 そのうち一人、ターボが百に耳打ちした。


「これが、オレ達の考えた口裂け女呼び寄せ作戦さ」


 そう、これこそがターボ達が立案した作戦。


「作戦って、つまり、口裂け女が出るかもしれないところで、三ツ足さんを一人にして、襲わせるってこと? いくら都市伝説でも危ないよ、そんなの」


 リカを囮にして、口裂け女を呼び寄せるのだ。

 当然だが、そのまま襲わせるつもりは毛頭ない。詳しい話はともかく、口裂け女がやって来たなら、作戦は次の段階に入る。

 確かに、彼女は都市伝説に襲わせるにはうってつけの相手だ。百やターボでは顔がばれてしまっているし、てけでは途中で相手に鎌で襲いかかりかねない。かといって新しい人材を取り入れる余裕もないし、そもそもこんな話を信じるトンチキなどいない。

 だから、ターボ達の作戦を実行するには、リカが最良の人材、もとい都市伝説材だったのだ。ただ、百が知る限りでは、力を抑制されたリカは、ターボのように早く動くことも、てけのように鎌で攻撃することも出来ない。

 つまり、口裂け女がその気になれば、最悪の事態を招いてしまいかねない。

 そんな百の心情を察してか、てけは軽く鼻を鳴らして、言った。


「アンタが心配しなくていいのよ、こっちだってそれなりに練った作戦よ。リカだって同意の上だし、あの子を傷つけさせはしないわよ」


「まあ、そういうこと。口裂け女が狙いやすい囮を作っておいて、向こうがルアーに食いついたら行動開始。今日はとりあえず、夜の七時くらいまではやってみようと思ってるよ!」


 それを聞いて、百が腕時計を見た。

 時刻は五時十七分。ターボの言う通り、七時までみっちり作戦を実行するとすれば、一時間以上、リカを見張り続けなければならない。そうなると、ただでさえ、今この瞬間でさえ不安そうなリカが、途中で発狂してしまいそうだ。


「気の長い話だなあ……もし引っかからなかったら?」


「明日もやるさ。それでもダメなら、そうだねえ」


 のんびりと言うターボを、百が横目に見る。

 素早く走れるというのに、呑気な話だ。彼に任せておくと、何日も同じ作戦が続きそうだと思った百が、提案した。


「別の目撃証言、もしかしたら誰かが襲われたなんて話が出てるかもしれない。そしたら、その話を基準にしてもう一度作戦を立て直そう」


「百クンの言う通りだ、そうしよう」


「オッケー、賛成」


 ターボも、てけも頷いて、とりあえず作戦は開始した。

 ただ、三人の様子は、傍から見ればおかしなものだ。何の用事のないのにうろついているリカも含めて、その姿を見守るターボ達は余計におかしい。人に見られる心配はないにしても、自分の姿に疑問を持ったてけの言い分は、至極当然だった。


「ねえ、今更だけど、あたし達、三時間もこうして壁の陰に隠れてなきゃいけないわけ? 傍から見たら変質者よ、これ」


「心配ご無用、なんたって傍から見る人っ子一人いないからね! いやはや、ホントに誰も通らないんだね」


「もしここに人がいるって知って、しかもそれが襲いやすい女子……」


 女子、と言っていいものか。

 少しだけ迷ってから、百はどちらにも使える、当たり障りない言葉を選んだ。


「……ええと、高校生なら、口裂け女も狙うと思うよ。今はとりあえず、ターボ君の作戦に従って、待とうか」


 彼がそう言うと、残り二人も、再びリカを見つめる作業に戻った。

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