第19話
翌日、昼休み。
語部百を含めた『都市伝説課派遣チーム』は、昨日の物置に集まっていた。
流石に四人が入るには、今のままでは不便だと思ったのか、少しばかり床の面積が広くなり、本もちょっぴりだが整理されていた。それでも、全体を見れば、ゴミのような本と紙が滅茶苦茶に置かれたごみの掃きだめに変わりないのだが。
「――さて、口裂け女の対策なんだけど。語部、情報は揃ったの?」
てけの問いに、百が頷いた。
昼食を食べ終えてからだと時間がないと思ったのか、百はお弁当を持ってきて、箸を口にくわえながら、長机の上に、大きな地図を一枚敷いた。
長机の半分を埋めるほどの地図は、伊佐貫市の地図だ。所々に赤いペンで点が打ってあって、その隣に日付や時刻などの特徴が、小さな文字でびっしりと書き込まれている。
「うん、揃った。というより、情報自体は揃ってた。ここ一か月、女子の噂話に耳を傾けてた甲斐があったよ。こんなところで目撃地点の情報が役立つなんてね」
さらりと言ってのける百を見て、てけが訝しんだ。
「……アンタ、直接聞きもせずに、人の会話を盗み聞きしてたってワケ?」
「そうだよ。僕みたいなのが女子に話しかけたって、気持ち悪がられるだけだろ」
「見た目を差し引いたってキモいわよ……まあいいわ、それで、作戦は?」
百が箸を弁当箱の中に入れてから、胸ポケットの赤いペンを取り、地図を軽く叩いた。
「まず、これを見てくれ」
「百クン、これは?」
「この伊佐貫市の地図だよ。その赤い点が、口裂け女の目撃地点だ。合わせて八か所」
改めて、目撃証言の多さに、全員が少し驚いた様子を見せた。
八個もある赤い点の全てが、口裂け女の目撃地点になる。最盛期はそれよりずっと多かった、下手をすればこの何倍もあったかと思うと、どれだけ怖れられていたか窺える。
「こんなに多く、見られてる、なんて」
「聞いたところによると、目撃証言は多いけど、実際に襲われたり、キレイか聞かれたりしている噂はなかった。いや、あったけど、全部根拠のないデマだよ」
「誰も襲われてないのかい? マジで?」
声を上げたターボを見ながら、百が頷いた。
「もし本当に襲われてるなら、今頃ニュースにだってなってるよ。まるで口裂け女に、人間を襲う気がないみたいだ――僕の時も、多分そうだったのかも」
百の意見に対しては、ターボが首を横に振った。
「いや、百クン、今まではそうだったかもしれないけど、あの時は相手も本気だったさ。そうじゃないと、都市伝説の空間を創り出したりしない。あれを使うときは、いいかい、マジになって物事を起こす時だ」
「都市伝説の空間……今更なんだけど、それって?」
「オレ達都市伝説が人の生活に紛れ込む時に、相手にうすぼんやりと認識させる能力さ。これを使えば、人間がオレ達を見た時に、基本的には誰かがいる程度の認識になる。口裂け女が使う時にはこれをもっと歪めて、人のいない空間、または目撃者のみを入れる空間を作れるのさ。オレ達だって、学校にいる間は使ってるよ」
「それを使ったうえで、より多くの人に見てもらえる?」
「勿論、使った本人が望むならね。透明にはなれないから、人が多すぎると意味ないけど」
都市伝説の空間。
聞き慣れない言葉だが、ターボの説明で、百には何となくわかった。
口裂け女が彼を襲った時、ターボが全速力で走って逃げた時、人気をほとんど感じなかった。それはきっと、彼ら都市伝説が何かしらのフィールドを発生させ、人が寄り付かない、または必要最低限の目撃者のみを連れてくる世界を創り上げるからだろう。
時空間を捻じ曲げる能力の理屈はさっぱりだが、百は今のところ、深く考えないようにした。物理法則だけが正しい世界なら、体の半分しかないてけが、どうして生きていられるのか。都市伝説と話している現状にとって、そのような常識は通用しない。
「だとすれば、目撃者の数も絞れるね。便利な力だ」
「しかし、噂だけじゃあ得られる力が足りなくて襲い始めたのか、それとも……」
考えこもうとしたターボを遮り、てけが車椅子から身を乗り出した。そうして、地図をばん、と叩いて、目下求めるべき事柄を全員に告げる。
「まあ、口裂け女が人を襲う理由なんて二の次でいいじゃない。まずは、居場所よ」
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